トパーズの憂鬱 (中) 11


 ゆっくりと切り替わった場面は、美砂子が産婦人科から重い表情で出てくる。

 お腹を触っていた。


 年月は和義と付き合い始めて、まもない2001年の2月だった。


 由利亜を妊娠したのだろう。今妊娠しているとしたら、父親は?

 該当するのは、叶井遊作かないゆうさく

 私は落胆した。あの最低な男が父親の可能性が浮上している。


 まだ確定ではない。もし、遊作が父親なら、美砂子はどうするのか。

 私はただ行く末を見つめるしか出来ない。


 美砂子は折り畳み式携帯を取り出すと、文芽に電話を架ける。

 数回の呼び出しで文芽が出た。


【どうしたの?】

「文芽?声が聞きたくなってさ」


 美砂子は聞こえてきた文芽の声に安心した。文芽はすぐに美砂子の異変に気付く。


【どうしたの?】

「どうしたの?ってバレたか」

【解るよ。何か声色でね】


 文芽は優しく美砂子に言った。


「うーん。実はね」


 美砂子は文芽に産婦人科に行ったことを話し始めた。産婦人科で【妊娠3ヶ月】だと診断されたらしい。和義と付き合い始めたのは、2001年の1月。

 和義が父親じゃないと判明した。


 文芽はその話を聞いて、嫌な気分になっていた。怒りが見えた。


【前の彼氏は知ってるの?】

「知らないと思う」


 美砂子もショックが大きかったのか、意気消沈している。


【そっか。とりあえず、これはおめでとうだね】

「うん。でも、これからどうしよう」

【どうするの?】


 文芽は心配していた。美砂子は少しだけ沈黙する。美砂子は息を吸って口を開く。


「産むよ」


美砂子の表情は清々しかった。文芽は美砂子の言葉に関心する。


【そう言うと思った】


 文芽は美砂子の決意を支持した。美砂子は親友の文芽の言葉に嬉しくなった。


「ありがとう。ただ現状どうするか」

【和義くんには話したの?】

「まだだよ。多分、私から別れる」


 美砂子は別れを決意したようだ。和義を巻き込みたくない。そう思ったようだ。


【別れるの?】

「だって。和義には未来があるわけだし」

【……ねぇ。その元彼に責任執ってもらうのは?結婚しなくとも認知してもらうというか。凄く嫌だと思うけど】


 文芽は現実的に見ている。二十歳の女性がシングルマザーになるのは大変だ。

 文芽は美砂子を思って言ったつもりだが、少し後悔した。


【そんなの出来ないよね。変なこと言ってごめん】

「そうだね。本来なら慰謝料貰いたいレベルだよね!本当に」


 美砂子は涙声になってきていた。二股を掛けられて、嫌だったことを思い出したようだ。

 私はその姿に胸が痛くなった。グズ男は何も責任を執らないで終わるのか。


 やるせない気持ちになってきた。


 美砂子は文芽との電話を終え、家に帰るようだ。


 美砂子は立ち止まり、空を見上げ、ぼーっとした。産む決意をしたものの、これから先をどうするのか。考えているようだ。


 私は美砂子の家庭事情は解らない。美砂子の親は、美砂子を支えてくれるだろうか。


 以前、和義に【大学に行かなかった理由】を言っていた。


 その様子からすると、両親には頼れない気がした。


 美砂子が誰かに電話をし始める。


「お母さん?」


 母親に電話を架けているようだ。思い出はここで再び、切り替わった。



美砂子は、どうして亡くなったのか。これからそれを知ることになる。

亡くなっているのが解ってはいるが、辛い。

私は思い出の途中で、手を離した。トパーズのネックレスをケースに戻し、金庫にしまった。


ため息を着く。時刻を確認する。午前11時35分だった。


お昼前だ。気を紛らわす為に、テレビを着ける。何となく聞こえてくる音声が心を落ち着かせた。


テレビのタレントが言う。


『平成が終わるって聞くと、何だか2000年代のこと思い出してさ』


私は思わず、テレビを見る。女性タレントの未華子みかこは三十代後半だ。

年齢的には、文芽や美砂子と同じ世代。他の男性タレントが未華子に言う。


『未華子さん、2000年ってどうだったんですか?』

一樹かずきくんは18だっけ?2000年生まれか。2000年問題とか、ノストラダムスとかあったよー』

『うわぁ。今じゃ考えられませんね』


 一樹という男性タレントは面白そうにした。未華子は昔を懐かしむ。誰もが同じように時間が過ぎていく。


 死んだ人の時間は止まる。


 さっきまで元気に見ていた美砂子は2018年の現代に生きていない。

 過去を見ていると現実に戻った時、タイムスリップした気分になる。

 私が見えていたものは幻だ。触れることもできない。映像として見えているだけだ。

 

タレントの未華子が言う。


『思えば学生時代、良いことなかった。過去は変えられない。でも、それは私だけのわだちだと思うようにしてるんです』


 未華子の清々しい表情に、一同は見つめた。未華子の言葉に関心したようだ。


『嫌な思い出も、良い思い出も私を作ったものだと思うようにしてるんです』


 未華子の言葉に一樹が悪態を着く。


『それってさ、綺麗事じゃない?だって嫌な思い出なんてさ、捨てたいじゃん』

『その通りね。でも、その時の自分を認めて、今も含めて愛してあげるんですよ』


 未華子は優しく諭した。一樹は納得がいかないようだ。確かに未華子の言っていることは綺麗事かもしれない。けれど、その時の自分を受け入れない。


 それは自分を否定することになる。未華子の言葉は、私に突き刺さった。


 何度も色々な思い出を見てきた。

 その人の今を作っているのは、紛れもなく過去があったからだ。


 私はテレビを消し、再び、白い手袋をする。

 金庫からトパーズのネックレスケースを出す。


 意を決して触る。美砂子と和義はどうなったのか。どこから思い出は見えるのだろうか。

 ゆっくりと思い出は見えてきた。


トパーズの憂鬱 (中) 11 了

 

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