トパーズの憂鬱 (上) 9



 思い出はゆっくりと見えてきた。


 美砂子が文芽に遊作とのことを話し終えた場面だった。


【本当に酷いね】


 文芽は遊作への怒りが沸いている声色だった。美砂子は泣き止んで目を腫らしている。


「本当に好きだった。でも、もう無理」

【初めての彼氏だったもんね】

「うん」

 

 やはり遊作が初めての彼氏だったらしい。美砂子の傷心は相当だろう。


【じゃあさ、今度、ご飯行こう】

「うん。ありがとう」

【今度の土曜日の11/25は開いている?】

「大丈夫だよ」


 美砂子はスケジュール帳に書き込んでいる。

 【遊作】という項目を塗り潰し、【文芽】と書き込んだ。遊作と約束していたようだ。

 電話を終えた美砂子はすっきりした様子だった。

 公衆電話から出た美砂子の前に遊作が現れる。



「本当にごめん。許されることじゃないって解ってる」

「遊作、私はもうあなたと付き合えない」


 遊作は唇を噛み締める。

 引き留める言葉が見つからないようだ。

 二人は向き合った状態で、美砂子が再び言う。


「澤地さんと同時に付き合っていた時、何も感じなかった?」

「………悪いなと思ってた。けど、二人とも好きだったから」

「………っ」


 美砂子は遊作を見る。美砂子の目には涙が浮かぶ。


「もう仕事仲間に戻ろう。遊作。さようなら」


 美砂子は遊作に背を向けて、帰っていく。

 遊作は引き留めたい手を握り締め、下を向いた。

 私は苦しくなった。

 二人とも好きであることなんてあるのだろうか。


 私には解らない。ただ今は由利亜の父親が解るまで、時間が掛かると確信した。


 思い出は再び、切り替わった。


 今度は別れて三日ほど経過しているようだ。


 美砂子は手際よく仕事をやり、仕事仲間とも順調に過ごしている。

 澤地からの嫌がらせは少し弱まっているものの、感じ悪さは変わっていない。

 遊作が澤地と話している。


「叶井くん。映画はやっぱアクションよね」

「澤地さん。今仕事中ですよ」


 美砂子はその様子を見えないかのように振る舞う。

 澤地はその様子を面白くなさそうにした。

 

 もしかしたら、澤地と遊作はよりを戻したのだろうか。


「叶井くん、土曜日は私に付き合ってよ」

「いいっすよ。暇だし」


 土曜日は11/25。本来なら美砂子と遊作は約束をしていた。美砂子は動きを止める。ペットボトルのお茶を飲む。

 丁度、昼休憩の時間になった。チャイムが鳴る。


 澤地が社内の皆に向かって言う。


「えーっと皆さんに報告です。叶井くんと私は結婚を前提にお付き合いしていまーす」


 遊作は気まずそうにする。美砂子は震えている。2人を見ない。

 美砂子はまだ遊作が好きなのだろう。

 遊作が言う。


「えっと、それは本当で宜しくお願い致します」


 遊作は澤地の手を握る。恋人握りに社内はざわつく。

 けれど、その中には疑問に思う声がする。


「確か叶井くんって梶原さんと付き合ってなかった?」

「叶井くんは梶原のこと好きだったんだろう?」

「乗り替え早すぎ!」


 美砂子は下を向く。美砂子の気持ちが流れてくる。

 苦しい気持ちが溢れていた。私は遊作のグズ具合に反吐が出た。

 遊作は外見が良いだけで、性格は最低だ。

 もしかしたら、美砂子、澤地以外にもいたのでは?とすら思えてきた。

 平気で二股をかけるような人が他にいないはずがないようにも思える。


「じゃ、報告終わりですー」


 澤地は幸せそうな笑みを浮かべた。澤地の性格の悪さが滲み出てきている気がした。

 美砂子に勝ったとでも思っているか。


 美砂子は鞄からお弁当を出すと、一目散にオフィスから出た。エレベーターに向かい、呼び出す。


 涙を堪えている。

 エレベーターが到着し、美砂子は屋上階を押す。

 そのエレベーターの【閉】を押すと、無理矢理入ってくる人がいた。

 遊作だった。


「ちょっと危ない」

「聞いてくれ」

「は?」


 遊作はエレベーターに入ってくるとエレベーターを閉めた。エレベーターは屋上へ向かう。


「何なの一体?」

「さっきのだけど、あれ嘘だ」

「はい?」


 美砂子は目を見開き、混乱する。


「だから、澤地と結婚前提云々」

「私には関係ないから!」


 美砂子は声を張り上げた。


「関係な」


 途中でエレベーターは止まる。遊作の言葉を遮るように、他のフロアの社員が沢山入ってきた。

 二人の距離は離れた。美砂子はため息をつく。

 遊作は舌打ちした。

 エレベーターは屋上階に着く。美砂子と遊作は一緒に屋上のベンチに座る。


 美砂子は遊作を見ない。遊作は美砂子を見る。


「俺、美砂子のことが好きだ」

「澤地さんとのがお似合いだよ」


 美砂子は突き刺すように強く言った。

 遊作は信じてもらえないもどかしさにため息をつく。


「……そりゃ、澤地と付き合っていたのは事実だけど。アイツは気が」

「ほら、単に澤地さんと違って私は言うこと聞くからね」


 美砂子は完全に、遊作を拒絶しようとした。遊作は何も言えなかった。


「わかった。ごめん。俺が悪いよな」


 遊作はベンチから立ち上がり、屋上を出て行く。美砂子はその様子を見つめた。

 遊作の姿が見えなくなると、美砂子は泣き出した。


 美砂子は本当に遊作が好きだったようだ。


 けれど、遊作は同時に二股を掛けていた。

 美沙子はどうしてもそれが許せない。信じていたのに、裏切られた。

 遊作は自業自得だと思った。私は美砂子がこれから先、幸せであることを願った。


 私はトパーズのネックレスから手を離した。


トパーズの憂鬱 (上) 9 了

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