琥珀の慟哭(上) 6 (6)


 私は家に帰ると、すぐに手を洗う。

 夕食を食べるよりも、早く、琥珀の過去を見るべきだと思った。

 カバンから琥珀のブレスレットが入ったケースを取り出す。

 白い手袋を填めて、ケースに貼り付けた紙を外した。

 私はもしかしたら、ケースに触れば、弥生とその旦那の話の続きが見れるかもしれないと思った。


 私は息を吸い、ケースに触れた。

 触れた瞬間に思い出はゆっくりと見えてくる。


 弥生と弥生の旦那と思われる男性が話をしている。

 どうやら、先ほどの続きのようだ。涙目の弥生の肩を男性が支える。


「幼い弘輝君を置いて、君は出て行った。それを君はずっと後悔しているのを知っている」


 弥生はやはり、楠田くすだ弘輝こうきの本当の母親だとこれで確定した。

 弥生は楠田を棄てた。


「私にも責任があるのよ。けれど、どうしたらいいか。私はあの子が気持ち悪かったのよ」

「ああ。前にも言っていたね。でも、どうして気持ち悪いんだ?」


 男性は弥生を気遣う。

 弥生の『気持ち悪かった』という言葉は、とても拒絶しているように見えて衝撃を受けた。弥生は楠田の能力に気付いていたのだろう。


「気持ち悪い理由、話していなかったね。あの子は可笑しいのよ。知りようのない過去のことを言い当てたり、何もかもを見抜いているような目を向けてくるの。私はあの子が恐くなったのよ」


 弥生は震えていた。男性は少しその発言をいぶかしく言う。


「そんなことは有り得ないだろう。何かの間違いじゃないのか?」

「そうだといいわね。間違い……じゃないわ」

「一体どういうことだ?」

「今日、この手紙と供に琥珀のブレスレットが送られてきた。私以外の人の過去も、弘輝には見えるようね。そのことについても、柿澤さんは触れている」

「なんだ?これは」


 弥生は【柿澤かきざわ華子はなこ】からの手紙と、琥珀のブレスレットを見せた。

 男性はその手紙を見る。


「柿澤華子って柿澤コーポレーションの元役員の人じゃないか?」

「そうよ。事件に巻き込まれたのよ。柿澤さんは弘輝のことを可愛がっていたみたいなのよ。で、この手紙で『私に何かあったら、この琥珀のブレスレットを』って文章は柿澤さんが書いたみたいだけど。柿澤さんは完全に私にも同じ能力があると信じているみたいなのよ。この手紙の差出人は柿澤華子さんになっているけど、華子さんは怪我をしていて送ることなんてできないのよ」


 弥生は柿澤コーポレーションの人じゃなかった。

 つまりは、柿澤コーポレーションの人と嘘をついて私に依頼してきたようだ。


 私は嫌な気分になった。そんなに自身が楠田弘輝の親だと知られたくないのかと思えてきた。


「そんなことが」

「私、どうしたらいいの?」

「まず、落ち着いて。事件に巻き込まれたって?どういうこと?」


 男性は弥生を落ち着かせようとする。弥生の動揺は収まりを見せない。


「事件よ。手紙の内容だと、弘輝が再び殺人を犯すことはないって言っている。だけどね、今の夕方のニュースで、はっきりと磯貝いそがいさんを殺害したって」

「それは本当かい?ちょっと待ってくれ」


 男性はスマートフォンを取り出すと、検索を立ち上げる。

 弥生が言った内容をキーワードに検索を書けた。


【殺人 元少年犯罪者 南田弘一】で検索をかける。


 男性が見つけたページを読み上げる。


「これか。ビルオーナー殺害、フリーターの男逮捕。元少年犯罪者による犯行。沖縄県に住むビルオーナーの磯貝いそがい菊雄きくお(55)さんを殺害し、柿澤コーポレーションの元役員の柿澤華子(70)さんを暴行した容疑で、フリーターの南田みなみだ弘一こういち(26)を任意同行した。南田容疑者は2005年、主婦を殺害した元少年犯罪者。警察は容疑が固まり次第、逮捕状を請求する」

「そうよ。南田弘一が私の息子の楠田くすだ弘輝こうきよ。あの子がきっとやったのよ。私はどうしたらいいの」


 弥生は泣き喚き始める。私は弥生の気持ちも解らなくはないが、嫌な気分は消えなかった。


「でも、本当に弘輝くんがやったのか?」

「だって、こんな記事が出ているなら、確定じゃない。私はどうしたらいいの」

「待ってくれ。君は大丈夫だよ。君は悪くない。落ち着いてくれ」


 弥生は発作を起こし始める。息苦しそうにしゃがみこんだ。

 男性は紙袋を持ち、弥生の口に当てる。呼吸をさせる。弥生は過呼吸症候群かもしれない。

 男性は薬箱から【ヤマダ精神科医】と書かれた袋を取り出す。

 弥生はずっと楠田のことで精神を患っていたのだろうか。

 それもそれで可哀相に思えた。楠田を棄てたことは帳消しにはならないが、弥生も幸せではなかったのだろう。


琥珀の慟哭(上)6 了

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