琥珀の慟哭(上) 5 (5)
今日も一日を無事に過ごすことができた。
私はカバンの中に琥珀のブレスレットを入れた。店を閉めようとしたとき、森本ヒカルがやってきた。
「もう、終わりか?」
「うん。そうだよ。ちょっと用事あるし」
「そうか。少し話ししようと思ったんだけど」
森本は少し残念そうにした。少しだけその気遣いが嬉しかった。
「別に急いでいないからいいよ」
「ありがとな」
森本は煙草を取り出すと、それをライターにつけて吸い始めた。
「あれから調子どうだ?」
「あれからって、三日間くらい寝てたこと?」
「ああ。そうだ。大丈夫なのか?」
森本は私の手を取った。心から心配しているように見えた。
「全然、大丈夫だよ。疲れが溜まっていただけだよ」
森本は私の顔に手をあてる。森本はしばらく私の顔を見つめた後、ゆっくりと顔を近づけ、キスをしてきた。私はそのまま、受け入れた。
「何か考え事でもしていたか?」
「考え事というか、実は過去を見てほしいって宝石を預かってね」
「過去を見てほしい?その人はなんで過去を知りたいのか?」
「何か事件に巻き込まれたらしくって。あ。そうだ。
私は警察官の森本なら、南田について知っているかもしれないと思った。
森本は思い出すように考え込む。森本は口を開く。
「ああ。あれか。二年前の事件だよな。2016年の。確かビルオーナー殺害事件だよな。ビルのオーナーが殺害された上に、柿澤コーポレーションの元役員が暴行されたっていう。それか?」
「うん。そうそれ。その犯人の南田弘一について教えてくれる?」
「容疑者のプロフィールは教えられない。ただ南田は死刑が確定したが、今でも黙秘を続けている。南田が少年犯罪を犯した前科が相まって、確実に南田にされている。だが、不審な点が多い。有罪が確定した以上、覆すのは無理だろう」
森本はやはり、南田の詳細な情報を教えてくれなかった。
当たり前だと思う。公職に仕えている人が、そう簡単に情報を流して良いはずがない。
「頼んできた人物は南田に関係することか?」
「そうなの。頼んできた人は、柿澤華子さんの娘さん。その人が言うには、南田が殺人を犯すはずないって」
「おい。本当か。それは」
森本は驚いていた。私の腕を掴む。
「聞いてしまった以上、その結果を俺に知らせてくれ」
「わかった」
「ありがとう」
「少しでも冤罪がなくなるといいよね」
「ああ。俺も正直、あの事件は気持ちが悪かった」
森本はため息をついた。恐らく、警察官である森本は冤罪の瞬間を見てきたことだろう。
「早期に事件を解決する」ために、真犯人じゃない人を犯人に仕立てることがあってはならない。
更には、南田はやってもいないかもしれないのに死刑になっているかもしれない。
とても由々しきことだと思う。
「実はね。確実的なことじゃないのだけど、私、昔の南田を知っているかもしれない」
「南田を知っている?どういうことだ?」
「あの、南田が少年犯罪を犯した事件と関わっている」
「は?なんだそれ」
森本の動揺は大きかった。いつもの冷静さが完全に消えている。
「あの。だからね、南田の前の名前って、
「ああ。そうだ。なんでそれを?」
やはり
「私が楠田を犯人だって見抜いたの」
私は森本に13年前の楠田が梨々香の母親を殺害したときのことを詳細に話した。
森本は私の話を一字一句、聞き逃さない表情だった。
楠田が私と同じく【物に触れると過去が見える】ということも話した。森本はただ私の話に驚きっぱなしだった。
私はさっきほど少し見えた柿澤弥生の出来事は話さなかった。
まだ楠田の母親が、弥生と確定したわけではないからだ。
「で、なんで柿澤華子の娘の弥生がここに持ち込んできたのか」
「とても不思議だよ。何かしらの事情があったのだろうね。柿澤華子さんからの依頼っぽいんだよね」
「華子さんは何を知っているのだろうか」
森本は考え込む。とにかく、この琥珀の過去を見ない限り、前には進めないだろう。
私は弥生が楠田の本当の母親なのだろうか。だとしたら、何故、楠田を棄てたのか。
その原因も知ることができるだろう。
「とにかく、私は過去を見ないといけない。だから、今日はもう終わりにしようと思って」
「そうだな。忙しいとこ、悪かったな」
「いいよ。じゃあ、またね」
「ああ」
森本は店を出て行った。私はてきぱきと閉店の準備をする。
華子の琥珀のブレスレットは、何を見てきたのだろうか。
私はこれから見る過去が、暖かな抱擁のようなものであることを願った。
私は十三年前の2005年に、楠田が少年刑務所に行った後、どんな生活を送っていたのだろうかと思った。
大体、想像はつく。先日、すれ違った前科を持つ青年も、就業に悪戦していた。
楠田の犯した罪は殺人だ。確実に許されることは叶わない。
楠田がこの十三年間を、どう思っていたのだろうか。
何も解らない。 けれど、私は同じ能力を持つ者として、楠田の十三年間を知りたいと思った。
琥珀の慟哭(上)5 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます