レプリカのパール (上)

私はこの間の白井しらい由加子ゆかこの件から、店を三日間ほどお休みにした。


私は【物に触れると過去が見える】。

このことを初めて、忌々しいものだと思った。

森本もりもとヒカルはあの後、私から聞いたことを上司に伝えたらしい。


顔がぐちゃぐちゃになっていた遺体を、再度、科学捜査研究所で検査することになったそうだ。

遺体は加藤かとう梨乃りのだった。


由加子ゆかこは入れ替わった。

その後、由加子は二人を殺害した殺人犯として、指名手配になった。


とよインホテル男女殺害事件】としてニュースで報道された。

勿論、整形した由加子の写真も流れた。

更には由加子の両親へのマスコミが殺到していた。


由加子には生きていて欲しい。

たとえ、殺人犯として摘発てきはつされたとしてもだ。

私は由加子が生きている。それだけでいい。


店をお休みにしたことで、気が楽になった。

店がお休みでもやることはある。

毎日の部屋の掃除、帳簿の整理をしなければいけない。

誰かと話をすれば少しは、紛れるような気がした。

けれど、今は誰にも会いたくない。


ため息をつき、自宅の居間でくつろいでいた。

おじいさんから受け継いだ古時計が午後十二時を知らせる。

お昼ごはんの準備をしているときだった。


電話が鳴る。


ナンバーディスプレイを見ると、電話の相手は、母方のきよし叔父おじさんだった。


「潔叔父さん、どうしたのですか?」

「ああ。リカコちゃんか。元気でやっているかい?」


電話口の潔さんは優しい声だった。

叔父さんに最後に会ったのは、三年くらい前だろうか。

叔父さんは両親が死んだとき、一番支えになってくれたのだ。


「元気というか、まあ、やれている……かな」

「そうか。叔父さんは由希子からリカコちゃんのことを頼まれたからね。何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ」


私は自分の今の心境を吐露とろしたかったが、言えるはずもない。

けれど、少しだけ誰かに話せば楽になるかもしれないと思った。


「あのね。叔父さん。昔の友達が一時、壊れちゃったとき、私、力になれなかった。その後も、会えることができたはずなのにしなかった。で、友達は最後まで、私のこと覚えてくれていたのに。私は何も出来なかった」


私は話しているうちに、涙が止まらなくなっていった。


「そうか。その友達がどうして壊れてしまったか解らないけど、リカコちゃんはこうして今、その友達のことを思い出している。友達にとっても凄く嬉しいことなんじゃないかな」


叔父さんの言葉に私は嗚咽おえつした。叔父さんは優しい声で言う。


「大丈夫。その気持ちがあるだけでも、リカコちゃんはいい子だよ」

「叔父さん。ありがとう」

「そうだ。リカコちゃんに渡したいものがあるんだよ」

「渡したいもの?」


叔父さんが何かをプレゼントしてくれるのだろうか。


「ああ。実は、実家の整理をしていたら、昔、置いていったレプリカの真珠があったんだ」

「レプリカの真珠?」


私はあまり記憶にない。そんなものがあったのだろうか。


「うん。多分、由希子が買い与えたものだと思う。それをリカコちゃんに渡そうと思って。今日、そっちに行ってもいいかな?」


私は突然の誘いに驚いた。けれど、叔父さんの言うレプリカの真珠が気になった。


「ああ。大丈夫ですよ。実は、今日から三日間ほど、お休みにしているので」

「そうなの?え?本当に大丈夫?」

「大丈夫ですよ」


叔父さんに会えば、気が紛れるのではないかと思えてきた。


「ありがとうね。ゆっくりしたい時にごめんね」

「いいえ。一人で寂しいので、こちらこそ有難いですよ」

「そっか。じゃあ、三時くらいにそっちに行くけど、いいかな?」

「はい」


こうして、私は叔父さんと会う約束を取り付けた。

きよし叔父さんが来るまでに部屋を掃除した。


一軒家で、一人暮らしだと掃除が大変だ。

部屋の隅々まで、掃除をする。

白井しらい由加子ゆかこのことで、辛かった気分は少し忘れることができた。

掃除が終わると、時刻は午後二時四十五分だった。


あと十五分で叔父さんが来る。


私はお茶の準備をした。お菓子はどこかにあったか、台所で確認する。

クッキー缶があった。それを皿に盛る。


インターフォンが鳴り、私は玄関に向かう。


「おじさん?」


インターフォン越しに応対した。


「リカコちゃんか?私だ。潔だ」


インターフォンのモニターに映った叔父さんは、三年前に会ったときより老けていた けれど、顔色が良さそうだ。


「今、開けますね」


私は叔父さんを招き入れるために、鍵を開ける。

叔父さんは玄関のドアを開けて中に入る。私は出迎えた。


「お久しぶりです。叔父さん」

「おお、久しぶりだね。リカコちゃん。少し痩せたかな?」


叔父さんは優しいまなざしで言った。私は叔父さんの姿に少し、心を落ち着かせた。


「痩せた?かどうか解りません。スリッパどうぞ」


私はスリッパを差し出す。叔父さんはそのスリッパを履く。


「ありがとうね。あと、これお土産ね」


叔父さんは菓子折りを私に手渡す。


「何か、すいません」


叔父さんを居間のテーブルに案内した。私は叔父さんの席に、紅茶とクッキーを差し出した。


「ありがとう。リカコちゃんに久しぶりに会えてよかったよ」

「私もです」

「仕事は上手く、やれている?」

「はい。なんとか」


叔父さんは私の言葉に安心したようだ。


「そうか。リカコちゃんが川本宝飾店を継ぐって聞いたときは驚いたよ」

「私は少しでも両親に遺志を継ぎたかったんです」


叔父さんは私の顔を見て、微笑んだ。


「私もリカコちゃんが継いでくれたこと、嬉しかったよ」

「ありがとうございます」


私は紅茶を飲んだ。

それから、私と叔父さんは他愛ない話をした。


叔父さんの家族は、妻の綾香あやかさんと二人の娘、彩香さやかさんと舞香まいかさんがいる。

娘の二人にも会ったことがある。

感じが良くて優しかった。

どうやら、長女の綾香さんが結婚し、今度、子供が生まれるらしい。


叔父さんは自分に孫が出来、おじいちゃんになることを嬉しそうに話した。

幸せで平凡な暮らしがどんなにいいことか、私は気持ちが安らいだ。


「じゃあ、お孫さんが出来たら、是非、また来てくださいね」

「ああ。いいとも。私もおじいちゃんになるのか。感慨深いよ」


叔父さんは紅茶を飲んだ。 叔父さんの表情は穏やかだった。

叔父さんはカバンをあさり始めた。


「あ、そうそう、電話で言っていたレプリカの真珠。持ってきたよ」

「ありがとうございます」


私は緊張が走る。

母親が私に玩具として、買い与えたであろうレプリカの真珠。

全く記憶がないが、そのレプリカに残された思い出に触れることができるのではないかと思った。

叔父さんは小さな箱を机の前に置き、私に差し向けた。


「これがレプリカの真珠ね」


私はそれを開ける。そこには、プラスチックで出来ている古びたレプリカの真珠のブレスレットが入っていた。

私はそれに触る。


レプリカのパール (上) (了)

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