琥珀の慟哭(下) 34 (64)
今まで見た様子だと、華子を恨んでいる様子は全くもってない。
だから、それは有り得ないだろう。私は余分なことを考えず、思い出を見ることに集中しようと思った。
華子は楠田に連絡しようとしている。その時、会社に陸がやってきた。
「あの。お母様」
「ああ。陸。どうしたの?会社まで来て。あと、会社ではお母様と呼んではいけませんよ。磯貝さんとの約束だと明日よね?」
「あ。ごめんなさい。いや、そのちょっとお話が」
陸の様子は神妙な表情だった。華子は陸の様子が不思議に思え、顔を見た。
「話って?」
「ここでは言いにくいので、場所を変えて」
「うーん。解ったわ。丁度、今時間あるから。会社の下にあるカフェに行きましょう」
華子は陸と供に会社の一階にあるカフェに向かった。
エレベーターを待ち、それに乗り込む。
幸いにも乗っている全ての人が居り、華子と陸だけが乗り込んだ。
カフェの一階に向かっているエレベーターの中、陸は静かだった。華子は陸の様子を不思議そうに見る。
「どうしたの?黙っているけど。何か、あったの?」
「……その。お母様は以前、祐さんに継がせる気がなさそうでしたよね?」
「そうね。まあ。あの子は。でも、多少変わってきたのよ。そうよね。あなたには嫌な思いさせてしまったね。私はあなたに継がせたいみたいなこと言って。本当にごめんなさい」
華子は陸の手を取って謝罪した。陸は華子の手をゆっくりと離し、華子から顔を背ける。
「もう。いいんですよ。ただ僕にとってのお母様はやっぱ、あの時からもういないんだなって。僕は本当に棄てられたんだと」
陸の悲しむ顔は恐ろしいほど、美しかった。華子の顔によく似た陸には涙が浮かんでいた。
「そうね。私はそれについて何も反論できない。棄てたのは事実で、それを覆すことはできない。だからこそ、その時間を埋めたいと思っている」
華子は陸の手を握り締める。けれども陸はそれを振り払う。
「だったら。だったらどうして、祐さんに跡を継がせるのでしょうか」
陸の目には怒りが込められていた。華子は何も言えなかった。華子が言葉に詰まると、陸が言う。
「所詮、あなたは僕を棄てた罪を少しでも軽減したいために中途半端な母親面しているだけです!」
「……そうね。あなたの言う通りよ。陸の気が晴れるまで、どんなこともする気よ」
華子は陸をまっすぐ見て言った。陸は華子から目を反らした。
「……所詮、僕のわがままなのはわかっているんです。困らせたいだけで。それに僕は磯貝さんと共謀してこの前の手土産に砒素を。殺人未遂ですよ」
陸は震える声で言った。華子はそんな陸を見つめた。
「知っていたわ。安心して頂戴。食べなかったよ」
「どうして?僕を責めないんですか?」
「責める責めないの問題じゃないのよ。私はあなたがどんな風に私を思っていても、母親である事実は消えない。それにあなたが本当に私を殺そうと思っていなかったのも解っているわ」
華子は陸の手を再び握り締める。陸は嗚咽した。エレベーターは一階に到着する。
「ほら。変に思われるよ。涙を拭きなさい。手を離しますよ」
華子は陸の手を離し、その代わり、ハンカチを手渡した。
陸はそれを受け取り、涙を拭く。陸は華子からの大きな愛情にひたすら涙を流した。
華子は優しく背中を叩く。
「しっかりなさい。あなたは名前が違えど、私の子よ」
「はい。お母様」
陸と華子はエレベーターを降りて、一階のカフェに向かう。陸が華子を恨んでいるなんて一切有り得ない。
私は一瞬でも陸を疑った自分を恥じた。その後、二人は仲良く向かい合ってお茶をし始めた。
ここで再び、思い出は切り替った。
ゆっくりと見えてきた思い出は華子と楠田が食事をしている場面だった。どうやら、楠田と華子は定期的に食事をする間柄になっているらしい。
「これで私は心置きなく、引退できる」
「そうですか。じゃあ、実の息子と養子の息子、両者とも上手くいっている感じなのですね」
「ええ。本当。おかげさまで。南田君のおかげでもあるわ。陸と再会するとき、私は不安だったのよ。恨まれていないか。私は陸を棄て、柿澤の家に入った。それは変えようのない事実で。でも、たとえ、恨まれていたとしても母親として、陸を支えようと決意がついたのよ。それに命の恩人でもあるわ」
華子の表情はこれまで最も穏やかだった。楠田はそんな華子の様子を嬉しそうに見る。
「そうでしたか。引退したら、これからどうなさるんですか?」
「そうね。まあ、当面は祐と陸のサポートを徐々に減らしていって、隠居生活かしらね」
華子はコーヒーを飲む。楠田は微笑ましく華子を見た。
「とにかく磯貝さんの件とか何もなくてよかったです」
「そうね。少しだけ心配していたのよ。磯貝さんは陸が柿澤コーポレーションを継ぐと思っていて、そうじゃないことを知ったときの空気がね。何とか納得してもらったけど」
華子は頭を掻く。楠田はその言葉に少し顔を曇らせる。
「これ。聞き逃してもらってもいいですが。俺からの意見です。あの、磯貝さんに気をつけたほうがいいかもしれません。華子さん、決して磯貝さんと二人だけにならないでください。悪い予感します」
「何、それ?もしかして、何か見たの?」
「いいや。見ていません。ただ、以前の饅頭の箱から見た様子からの推測ですよ」
「……うーん。そうかしらね」
華子は磯貝を思い出しているのか、左上を見た。華子は磯貝をそれほど警戒していないようだ。
琥珀の慟哭(下)34 了
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