琥珀の慟哭(下) 48
美佐代が口を開く。
「私を殺す?そう。悪いけど、簡単に殺される気はない」
美佐代はいつのまにか縛れていた縄を解いていた。
「それに面白いことになったわ。華子さんの息子がこれで殺人犯。面白いわ。まあ、私はこれで消えるわ。じゃあね」
美佐代がその場を去ろうとした際、楠田がそれを阻止する。
「アンタさ。逃げられると思うの?」
「そういえば、あなたも殺人犯だったよね。少年時代に人殺し。あなたみたいな人こそ、私たちと一緒にいるべきよね。どう?こっちの世界に来ない?」
「は?あんた何を言ってるんだ?」
「南田君。この人は私に殺らせてくれる?」
華子は何時の間にか、美佐代の近くに居た。華子は先ほど、祐が磯貝を刺した血だらけのナイフを持っていた。
それを美佐代に向ける。咄嗟に楠田はそれを止めた。華子の手を掴む。
「南田君。離して、この人は兄の仇なのよ!」
華子は声を荒げた。華子の表情は憎しみにまみれていた。祐はその表情に
華子は楠田の振り切ろうとするが、中々、振り切れない。
「華子さん。落ち着いてください。ここでこの人を殺してもあなたのためになりませんよ」
「いいの。私はもう老い先が短いからいいのよ。それに柿澤の家に来たこと、美織との関係が私の不幸の始まりだったのよ。美織のことがなければ、兄は生きていたかもしれない」
華子の悲壮感に胸が苦しくなる。楠田は唇をかみ締めた。楠田は華子を見つめた。祐は華子を取り押さえた。
「祐も離しなさいよ!」
「いいえ。離しません」
「そう。離さないのね。だったら」
華子は祐が先ほど落とした銃を取り出し、こめかみ辺りに置いた。
「死ぬわよ」
「は?どうして、そこまでやるんですか?」
「仇よ。仇なのよ!離しなさい!」
祐は華子の頭を殴る。華子はその場に倒れた。美佐代が笑う。
「っははははは。華子さんに私を殺させたら良かったんじゃない?ねぇ、殺人犯の息子さん?」
「うるさい。お前。警察呼ぶぞ。てめー。黙っておいてほしかったら、金輪際、出てくるな」
祐は美佐代に向かって強く言った。美佐代は祐の表情が恐くて、震え始めた。
「僕、さっきも言ったけど友達がいるんだよね。友達。恐らくアンタよりも恐い友達ね。僕が電話したらすぐ来るから。あんた無事で居られないかもね」
美佐代は後ずさった。祐はじりじりと美佐代との距離を詰めていく。楠田が言う。
「俺からも言わせてもらいます。華子さんにもう手を出さないでください」
「解ったわよ。仕方ないわね。手を引くわ。殺人犯たちに言われたら仕方ない。このことは黙っておくわ。その代わり私のことは一切、公言しないこと。約束守れる?」
「ああ。守る。お前も守れよ」
「じゃあね」
美佐代は急いでその場を出て行った。楠田が息をつく。楠田は磯貝の様子を見た。磯貝の息遣いは静かだったが、まだ息があった。
「祐さん。この人、まだ生きていますよ。助けられます」
「そうか。まあ、この男は僕の友達を騙した。だから、殺されるべきです」
祐は再び、ナイフを持ち、磯貝を刺そうとした。楠田はそれを止める。
「もう、いいじゃないですか。警察と救急車、呼びますよ」
「っふ。僕もこれで殺人犯だな。殺人犯になったら、どんな生活が待っているんだろうか」
楠田はじっと華子を見つめた。しばらく見つめた後、祐を見た。目が合った祐は弱々しく笑う。
「まあ、僕はそのつもりで、殺人犯になるつもりでここに来たので後悔はないです」
「祐さん。本当に殺人犯になってもいいんですか?」
「南田君。どうしたんですか?僕はもうどうなってもいいのですよ」
「どうなってもって華子さんはどうするんですか?」
「お母様ですか?悲しむかもしれません。でも、事実は変えられない。そう思いませんか?」
楠田は祐の言葉に何を返したらいいか解らず、黙り込む。
「この手はもう汚れてしまったのですから。正直なところ、柿澤の家から抜けたかったから良い都合ができたものです」
「………俺は家族の絆を知らずに育ちました。だから、正直、華子さんと祐さんの間に絆があるように見えました」
「そうですかねぇ。僕はお母様を不憫に思っていました。本当の子供を死んだことにして過ごさせられて。だから、僕はお母様を助けたかったというのもあります。これで柿澤は終わるのです。破滅です」
「………本当にそれで、いいんですか?」
「南田君。君もしつこいね」
「殺人犯として生きていくことは想像を絶する苦しさですよ。俺、あなたの罪かぶりますよ」
「はぁあ?何を言っているんだ?南田君」
楠田のその言葉に戸惑いがなかった。
琥珀の慟哭(下)48 了
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