琥珀の慟哭(下) 49 完



 華子への恩を返したいという思いがあるように思えた。祐はため息をつく。


「南田君。君は本当にバカじゃないのか」

「いいえ。冗談で言っていません。だから、祐さんはここから出て行ってください」

「おいおい。南田君。止めなさい。僕はもう覚悟ができている」


 私は楠田がこうして罪を被ったのかと思うと複雑な気分になった。祐は椅子に座り込んだ。楠田は祐を見つめた。


「だから、南田君。君はもう帰りなさい」

「俺は帰りません。祐さん。僕が罪を被ります」


 楠田は祐が持ち出した銃をいつの間にか持っていた。楠田はそれを祐のこめかみに向ける。


「俺が罪を被るので、祐さんは逃げてください。それをしないなら、ここで祐さんを殺します」

「はぁあ?ちょっと何を言ってるの?南田君」

「俺は本気です」


 楠田は祐のこめかみに向けていた銃を外し、壁に向けて撃った。銃声が響き、壁に銃痕ができた。その壁から煙が出ている。


「南田君。どうして、そこまでやるんですか?」

「どうしてって?華子さんのためです。それだけです。俺には家族がいない。祐さんと華子さんは血が繋がっていない。けれど、華子さんが祐さんを思う気持ちは本物だと思います」

「南田君。冷静になろう。君が罪を被っても真実は明らかになる。そうだろう?」

「いいえ。そんなことはありません。日本の刑事裁判は99%有罪にしますから。覆すこともしないでしょう」

「おいおい。君、本当にどうしてそんなに捨て身なの?」


 恐らく、楠田は祐の過去を見てきたのだろう。

 琥珀のブレスレットを取り戻そうとして私の家に来た際の、祐はかなり感じの悪い男性に思えた。

 しかし、ここまで見てきた祐は人情味があるように見えた。

 昔からの友達がどんな人であろうと大切にしている。華子を助けたいとも思っていたように見えた。


「俺はもういいんです。俺自身を終わりたい。それです。俺自身にはどこにも居場所がないんです。それは俺が人を殺したからです。祐さんには華子さんが居ます。そして、奥さんも。だからです」


 楠田の言葉は心の底からのものに思えた。特殊能力から親から拒否され、誰にも受け入れてもらえなかった。

 だれも自分を必要としない。私は楠田が他人に思えなかった。

 私はただ運よく受け入れてくれる人がいただけだ。


「……わかったよ。消えるよ」

「解ってくれたんですね。じゃあ、祐さん。もう。俺と会うことはないでしょう。さようなら」

「ああ。さようなら」


 思い出はここで終わった。私は琥珀のブレスレットから手を離し、再度、触った。けれど、これ以上、思い出を見ることは無かった。完全に思い出を見終わったのだった。


****************************

 私は言の顛末を森本に伝えた。

 森本は真剣に聞き、驚くというより、目星は着いていたようだ。

 私自身も、祐が怪しいと思っていた。

 ただ楠田が罪を被った経緯いきさつに少しだけ想像と違っていた。


「私は弥生さんに対して、正直、嫌悪感を抱いていた。母親なのに、楠田を棄てて自分は家庭を作って。でも、柿澤祐が犯人であること、その証拠がナイフと、銃。華子さんと祐さんの絆を思って罪を被ったことを伝えた時、すごく泣いていた」

「まあ。どんな子供であれ、母親にとっては大切だと思う。俺は男で子供もいないから解らないけど」

「私、弥生さんが約束を守ってくれて嬉しかったよ」

「そうだな」


 森本は少しだけ穏やかに笑った。私は急に恥ずかしくなり、顔を反らした。


「ところでさ、今日はいつ頃、仕事終わる?」

「うーん。どうだろう。解らない。また連絡するよ」


 森本は腕時計を見た。私はその様子を見て、ふと何かを思い出しかけた。けれど、それが何なのか解らなかった。


「どうした?」

「いや、何でもない」

「俺、そろそろ、行くよ。じゃあ、またな!」


 森本は店を出て行った。私はその様子を見つめた。

 森本がいなくなった後、私は新聞の朝刊を折り曲げて隅に置いた。

 琥珀のブレスレットは楠田の弁護士、古川呼人に預けた。

 これで全てが終わった。古川から聞いた話だと、華子は一命を取り留め、目を覚ましたらしい。

 華子は楠田が罪を被ったことを、悲しんだようだ。

 柿澤祐の逮捕により、柿澤コーポレーションは事業を畳むことになったらしい。

 私は琥珀の宝石言葉を思い出していた。


 『抱擁ほうよう』と『長寿ちょうじゅ』、『財運ざいうん』、『帝王ていおう』。


 どれも黄金に輝く琥珀に相応しいものに思えた。

 恐らく、抱擁の意味があるのはヒーリング効果があり、鬱々とした気分を浄化し、心穏やかな状態に包みこんでくれるからだろう。

 

 琥珀のブレスレットは華子たちを包み込んでくれたのだろうか。それは解らない。

 ただ正確に真実を伝え、正しい方向に導きだした琥珀のブレスレット。

 あのブレスレットはまた誰かの思い出を見続けるのだろう。

 最後に見た琥珀のブレスレットは、誰かの慟哭を聞いたかのように悲しげに輝いていた。


琥珀の慟哭(下)49 琥珀の慟哭 完

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