トパーズの憂鬱 (下) 13



 文芽は嫌な予感がして、少し震えた。和義も息を飲む。

 担当医が言う。


「叶井美砂子さんのお付き添いの戸松文芽さんと、神坂和義さんですね?」

「はい」

「はい。そうです」

 

 二人はそれぞれに返答した。担当医はマスクを取り、続ける。


「全力を尽くしましたが、思ったより出血が酷く、内臓への損傷もありました。内臓の止血を施しましたが。申し訳ございませんでした」


 担当医は頭を深々と下げた。文芽と和義は一瞬、止まる。文芽は堰を切ったように、泣き始めた。そんな文芽に和義は肩をさすった。

 美砂子が死んだ。叶井遊作に刺され、搬送先の病院で出血死した。

 一人の人間の人生の一部をこんなにも長く見たのは初めてだった。


 長かったが、これで由利亜との約束は果たせそうだ。


 あらかじめ、美砂子が死ぬのは解っていた。けれど、結構辛いものだ。

 全くの美砂子は他人で、喋ったこともない。私はただ梶原美砂子の人生の一瞬を見ただけだ。それでも、私は美砂子が安らかな眠りにつくことをひたすら願った。


 私はゆっくりと意識が遠退き、完全に何も見えなくなった。私は深い眠りに就いた。

 私はインターフォンの音と、けたたましく玄関のドアを叩く音で目を覚ました。

 私は居間のソファーと机の間で眠っていたらしい。

 目を覚ますと、ネックレスケースが開いたまま、トパーズが置いてあった。

 私は思い出を見終わったまま、眠っていたらしい。


 私はすぐに玄関に行き、インターフォンを見る。

 インターフォンには森本が映っていた。


【おーい。リカコ!おい!】


 私は慌てて出た。


「ごめん。何?どうしたの?」


 森本は私を見るなり、安心した表情を浮かべた。森本は私の腕を引っ張り、自分のほうに抱き寄せた。


「良かった」

「……?何?何?どうしたの?」

「どうしたの?じゃない!お前、三日間どうしていたんだ?」


 森本は私を自身からはがして、真剣な表情で言った。


「どうって?え?今日って何日の何時なの?」


 森本は時計を見る。


「今日は11月17日の午前11時58分だよ。電話も店も閉まっているから心配したぞ」

「ええ?えー」

「えーじゃねぇ。本当に心配した」


 私は三日間眠っていたらしい。にわかには信じがたいが、この三日間の状況はそういうことなのだろう。

 森本は私を再び、抱きしめる。私はそれを受け入れた。

 私のお腹から大きな音がした。気がつくとお腹が、空いていたようだ。


「っはははは。お腹すいているのか?」

「……うん。何か三日間くらい食べてない」

「しょうがねぇな」


 その後、森本は私の家の中に入り、食事を作ってくれた。森本の作ってくれた料理はどれも美味しかった。

 ほうれん草のおひたし、野菜炒め、味噌汁など。私はお腹が満腹になった。

 私は森本に、由利亜のことをかいつまんで話した。

 重要なことは話さず、話しても支障のない内容を話した。


「一人の人生の長い時間を見たのは本当に初めてだったよ」

私は美砂子の過去を見て、疲れたけれどすっきりした。森本はそんな私を見つめた。

「そうか。お疲れ様」

「ありがとう」

「で、それはどういう風に報告するんだ?」

「ありのままに報告をするよ。繕っても無駄じゃない?」


 私は森本がついでくれたお茶を飲んだ。なぜか私は頭がすっきりした気がした。それは三日間、眠っていたおかげかもしれない。

 森本はやわらかく笑った。


「そうか」

「うん。ところで、森本は仕事大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ。じゃあ、俺は行く」

「うん。またね」


 森本を見送った後、私は店に行く準備を始めた。

 恐らく、由利亜が店に来ているはずだ。私が三日間店を開けなかったことで、心配しているかもしれない。


 私は深呼吸をして、トパーズのネックレスをカバンに丁寧に仕舞う。

 支度が完了すると、私は店に向かった。



トパーズの憂鬱 (下) 13 了

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