琥珀の慟哭(下) 26 (56)


私は思い出の途中で、手を離した。怒った華子は確実に祐を会社社長から解任させるだろう。家を追い出しはしないかもしれない。

けれど、確実に華子と祐に溝ができたのが解った。私は息を吸って、再び、琥珀のブレスレットに触れた。


思い出はゆっくりと見えてきた。

会社の会議室で、幹部らと華子が話している。華子が皆の前に立ち稟議書りんぎしょを見ながら言う。


「この間から申し上げていましたが、柿澤祐社長の解任を要求します。解任の後、私、柿澤華子の復職を誓願します。着きましては、投票にて審議を問います。宜しいでしょうか?異論はございませんね?」


華子の言葉に他の社員たちは皆、納得したようだ。普段より、祐に対して、不満を抱いていた人は少なくなかったようだ。


「それでは投票用紙を配布しますので、記述をしてこの箱に入れてください」


華子は投票用紙を幹部たちに配っていく。幹部たちは真剣に紙に書いている。こうして、正式に柿澤祐は「柿澤コーポレーション」の社長を解任になった。

華子は社長に復職したようだ。

祐は会社を追放されないものの、社員に降格した。

祐はそれに納得していたのだろうか。納得していないと思える。それは祐がブレスレットを取り返しにきたことが証明しているようだった。


思い出は再び切り替わった。ある朝の華子と祐だった。二人の間には溝があり、会話がない。祐が口を開く。


「お母様はいつまで南田との関係を続けるんです?」


華子は箸を起き、ペーパーナプキンで口を吹いた。


「いつまでって、祐にとって何か不都合でもあるの?」

「お母様が南田を執心する理由が解らないですよ」

「理由。あなたには解らないよ。さて、仕事は上手くやれているかしら?」


祐は話を変えられ、明らかに不機嫌になる。


「……やれてますよ。お陰様で」

「そう。良かったわ。あなたを解任してから、私は少し心配していたわ。あ、そうそう。今日は静音さん、磯貝さんとビジネスのことで遅くなるから。何かあったら電話して。じゃ、私は先に行くわ」


華子は食器を流し台に持っていく。

祐はその後ろ姿を見て、歯を食い縛った。

華子はそんなことも露知らずに、食器を洗うと、家を出ていった。

華子は玄関で待っている運転手に挨拶をする。


「おはようございます」

「おはようございます。華子様。本日はミーティングですよね?」

「ええ。静音さんと磯貝さんとね」


華子の機嫌が良く、運転手は嬉しくなった。運転手は華子を後ろの席に乗せる。

運転手は運転席に座ると、口を開く。


「実の息子さんと上手くいってるんですね」

「そうね。実のところ、私が死んだら、陸に継がせたいって思ってるわ」

「え!それって大丈夫なんですか??」

華子は息を吸う。

「道は険しいでしょう。でもね、祐よりも陸のほうが素質あると思えたのよ」

「素質ですか。よく解りませんが、長年、社長をやっていた華子様が言うなれば」

「そうよ。私はこれから陸を認めて貰うべく、頑張らないと」

華子の目は輝いていた。どうなることになるのだろうか。


琥珀の慟哭(下)26 了


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