プロビデンスは見ていた

深月珂冶

川本宝飾店

私には思い出が見える。

正確には触れると、モノについての思い出が見える。それは一度だけで、何度も見えることはない。

「誰かが大切にしていた」「誰かのもの」の思い出が見えた。


それは綺麗なものも、汚いものも全てが見えた。見たくない悲惨なものまでもが見えた。


そんな私は宝石の買い取りをしている。

両親がやっていた家業を継いだだけだ。

理由はそれだけだ。ただ、それだけの理由だけで継いだわけではない。

亡き両親が残した形見のダイヤの指輪の思い出があまりにもドラマチックだったからだ。

私の父親の川本かわもと十次郎とうじろうと母親の由希子ゆきこは大恋愛の末、結婚した。

それは父親の十次郎の家が由緒正しき家で、母親の由希子の家が一般家庭だったからだ。

勿論のころ、父親の家は結婚に大反対。駆け落ち同然で一緒になった。

父親の家が宝飾品売買の家系だった為、父親も中古の宝飾品買い取りの事業を始めた。


その結果、小さいながらも、「川本宝飾店」は県外に一店舗と、私が継いだ一店舗の二店舗で続いている。

私が【物に触れると過去が見える】ようになったのは、ずっと昔だ。

物心ついたときから

「あの物が〇〇ので、〇〇がどこで買った」とか「誰から貰った」というのが見えた。


母親の由希子は私が五歳の時、家にある時計についての思い出を私が話したことで驚いた。

「あれはおじいちゃんので、兵隊さんになったときから使っていた物だね」

私は見えたまんまを話したのを覚えている。由希子は驚き、私を見つめた。

「どうして知っているの?」

「見えるの。リカコさっきみえた」

由希子はここで、私が物に触れると、その物の思い出が見えることを察したようだった。

それから由希子は「絶対にこのことは隠して生きるように」と言ってきた。

その能力は収まることなかった。

勿論のこと、事件に巻き込まれたものも見える。

だから、高校生になった時、由希子の反対を押し切り、警察に協力した。

それ以降も度々、警察からの要請があれば協力している。

両親の二人ともはそれを快く思っていなかった。

最終的にはその力が世の中に役立っているのならばと納得した。


高校を卒業して、大学生になったばかりのことだ。

両親が死んだ。突然の交通事故死だ。

他の車が両親に車に衝突し、炎上した。

私は取り残された気分になった。

けれど、両親は私に遺書を遺していた。


『私たちが死んだら、この宝飾店は、リカコの好きなようにしなさい。この指輪はお前をきっと助けてくれる』


両親はダイヤの指輪を遺した。

しがないもので、古いものだ。

けれど、その指輪に触れた時、両親の思い出を見えてきた。

ドラマのような波乱万丈な人生。大事に紡いできた川本宝飾店の思い出。

涙が止まらなくなった。私はこの思いを継ぎたい。

こうして、私は川本宝飾店を継いだ。


持ち込まれ宝飾には、本当に買い取っても良いものか迷うものもある。

だから、お客さんの意思に出来るだけ副うようにしている。

買い取るべきじゃない、これは売るべきじゃなく、持ち主が持っておくべきものは買い取らない。

今日は思い積めた若い女性が宝飾店を訪れた。

彼女は古びた箱の中にある指輪を取り出してきた。私は丁寧に応対する。


「こちらを買い取り希望で大丈夫ですか?」

「ええ。そうです」

女性はうつむいていた。私はその指輪に触れた。思い出が、見えたのだ。私はその思い出を買い取るべきか迷う。


「本当に買い取ってもよいのでしょうか?」

「ええ。買い取って・・・・ください」

女性の目は涙目だった。

「この指輪には思い出が染みついていますよ」

「ええ。でも精神論ですよね?思い出は心の中にあるのです」

女性は震えていた。

売るということは、色々な事情があるものだ。けれど、物を見てその思い出を思い出すことも出来る。

物があるということはその思い出が色濃く残るような錯覚すらある。私は女性を見つめた。

「ただこの綺麗な思い出はやはり、お客様のお手元に置いておくべきです」

私は女性の前に指輪を置く。女性は涙を流す。

「確かに彼との大切な思い出です。けれど、彼はもうこの世にはいないのです。これを見るたびに辛いのです」

「そうですか」

「死んだ彼も「俺が死んだら、他の男と幸せになれ」と言いました。その為なのです」

私は女性の決意を尊重しようと思った。この女性の恋人は、彼女を深く愛していたのだろう。

深い愛情が綺麗で、輝かしい思い出を見てせてくれたのだろう。私は涙があふれた。

「解りました。買い取らせていただきます」

「ありがとうございます」

女性は綺麗に笑った。


川本宝飾店 (了)

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