琥珀の慟哭(下) 39 (69)


 病室に陸はいない。華子と祐だけだ。

 陸は見舞いに何度か来ているようだ。華子はゆっくりと、祐に向かって言う。


「陸のことだけど」

「陸さんですか?どうしました?」

「私、磯貝さんと陸との協同のビジネスの件、取り消しにしようと思うの」

「それはまたどうして?」

「色々考えてのことよ。勿論、陸を棄てたことは償おうと思う。だから、あの子を支援していくつもりよ。だけど、私はもうすぐ引退するつもりよ」

「そうですか。本当に僕が再び、社長になってもいいんですか?」


 祐は華子の顔を見る。その表情は伺いを立てているようだった。


「そうよ。だから、色々あなたにやらせていたのよ」

「……でも、以前は実の息子の陸さんに継がせたがっていたじゃないですか」

「そう思ったときもあった。でもね、あなたは変わったじゃない。だからよ」

「お母様?」


 祐は華子の言葉の意味が解らず、きょとんとする。華子は笑う。


「言ったじゃない?あなたは少し変わったわ。写真のこと、ごめんなさいね。あの人たちがあなたの大切な友達だったのでしょう?」

「……まあ、そうですけど。お母様の言ってることも一利あります。僕は彼らに「更生しないなら、縁を切る」との繋がりがなくなり、寂しい思いがありました。彼らのその後を知りました。どうやら、更生したようで。まあ、僕から連絡とることはもうないでしょう」


 祐は少しだけ目を伏せた。その表情は悲しそうに見えた。本当に友達だったのかもしれない。華子は祐の手を取る。


「私はあなたを誤解していた。本当は人情があるって解って私は嬉しい」

「人情ですかね。僕は確かに以前、世間体を気にしていました。世間様からの批判が恐かった。でも、日名子は僕を真っ直ぐに思ってくれました。そうしたら、それまでの自分が愚かしく思えてきて。でも、やっぱ僕は平気で自分の外での評価の阻害になる人を切ってしまうかもしれません。不完全です」

「そうかしら。でも、昔の友達を大事にしているじゃない?あなたは」

「……どうなんですかね。まあ、お母様が言うならそうなのでしょう」


 祐の表情は少しだけ穏やかだった。


「じゃあ、そういうことだから。明日には退院できるようだから、退院したら、すぐに陸と磯貝さんと話をつけてくるわ」

「そうですか。解りました。僕はお母様の決めたことに従うだけです」

「そう。ありがとう」


 二人の空気はこれまでで一番、親子らしい雰囲気だった。

 華子は祐の手を取り、自分の頬につける。祐はそれを見て、穏やかな表情を浮かべた。

 私はこのまま、思い出がここで終わればいいのにと思った。真相を確認するまで思い出は終わらない。

 つかの間のときから、思い出は切り替る。ゆっくりと違う思い出が見えてきた。

 ついに知りたかった思い出に近づいているのが解った。

 華子と陸、磯貝でオフィスの一室で話をしている場面だった。


「華子様。どうして、直前になって止めるって」


 磯貝は納得していない表情だ。華子は心苦しそうに言う。


「本当に色々と考えた結果よ。磯貝さんにも話したけど、横井さんという方、本当にあなたの知り合いのようね」

「え。まあ、そうなんですけど」

「磯貝さんあなたは横井さんが私の夫、柿澤裕次郎と跡継ぎで揉めた猪瀬龍児の子供と知っていて、接触させたんでしょう?」

「なっ。何を言っているんですか?」

「調べはついているのよ。ここに小切手があります。そうね。ここに二千万円あるわ。金輪際、柿澤コーポレーション含む柿澤家、陸とともに関わるのを止めてください」


 華子は強い口調で言った。威圧的な空気がまとっている。

 華子の表情は宮城を無理矢理、辞めさせたときの表情と一緒だった。

 誰もが見ても恐さがそこにあった。


琥珀の慟哭(下)39 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る