琥珀の慟哭(下) 38 (68)


 華子は椅子から立ち上がり、ため息をつく。スマートフォンを取り出すと、電話をかけ始めた。


「あ、もしもし?陸?」

『あ、お母さん。どうしたの?』

「ちょっと明日あたりに会社に来れるかしら?磯貝さんも連れてきて頂戴ちょうだい

『明日ですか?解りました』

「ありがとう。じゃあね」


 華子は陸との電話を終えると、ため息をつく。

 華子は社長室から見える窓を見つめる。先ほどあった出来事とは裏腹に、外の天気は良かった。社長室の内線が鳴る。


「そう。解った。じゃあ、社長室に来て」


 祐が会社に着いたらしい。華子は内線を切ると再び、椅子に座る。しばらくすると、社長室がノックされ、華子は鍵を解錠した。


「只今、戻りました。お母様」

「お疲れ様。ところで、聞きたいことがあるんだけど」


 華子は先ほど、横井から受け取った祐が反社会的組織らしい人とバーで飲んでいる写真を取り出した。

 祐はそれを見つめるなり、険しい顔をする。


「これさ、どういうこと?前もこういう人たちの縁は切りなさいって言ったよね?それに前から思っていけど、祐のやっていることは矛盾しているわ。社会性とか、世間体を気にするわりに」

「お母様!」

「言い訳は聞きたくない。いいから、こういう人たちとは縁を切りなさい」

「……お母様。これ、今の写真じゃありませんよ」

「っなにを言っているの?私の言うことが聞けないの?」


 華子は祐を睨みながら怒鳴る。祐は華子の気迫に負け、怯んだ。

 私はこれまで見てきた華子の表情と違い驚くばかりだった。


「聞けないとかそういうことじゃないですよ。お母様がこういう人たちと表現した彼らは、僕の学生時代の友達だったんですよ」

「ったく。学生時代の友達がなんです?反社会的な人と友達ってどうなの?だからって関係をもっているなんて………」

「お母様。お母様だって可笑しくないです?元殺人犯の南田と交流関係を続けているじゃないですか?違います?」

「それとこれとは別よ。いい?金輪際。こういう写真が撮られないようにしなさい。全く」

「……何ですか?いきなり」

「何でもないのよ。あなたには関係ない。私の問題」

「関係ないって。僕は柿澤の家の人間ですよ。何かあったんじゃないですか?」

「何もない。もういいから。仕事に戻りなさい」


 華子は祐を社長室から追い出した。

 祐は華子の態度に納得いかないまま、社長室を出た。

 一人残された華子は椅子に座る。机の引き出しから、裕次郎の写真を取り出すと、それをビリビリにした。

 華子は目に涙を流し、それを手の甲で拭った。

 華子の裕次郎に対しての感情が変化しているように見えた。愛した人じゃなく、憎しみの感情が流れている。

 それがはっきりと解り、私は苦しくなってきた。スマートフォンが鳴り、華子は着信を確認した。


「もしもし?」


 華子は電話に出た。電話の相手は陸だったらしい。

 華子の声色が恐かったのか、陸は様子を伺いながら言う。


『あの。お母さん。僕のとこに横井という人が着たんだけど、あの人は一体何者ですか?』


横井は陸のところにも顔を出したらしい。華子は息を飲み、口を開く。


「あの人はね、私の邪魔をしようとしている人よ」

『邪魔?どういうことですか?』

「まあ、話せば長くなる。今日のところは教えてあげられない。ところで、陸。横井さんに変なことされていない?」

『変なこと?ですか?別に何も。ただ息子かどうか聞かれただけです』

「そ。そう。良かった」

華子は安堵した。

『あ。そういえば、磯貝さんと話していたんですけど、新しいアイディアを思いついたんですけど』

「ごめん。今はそういう気分じゃないの。明日にしてくれる」

『ごめんなさい。お母さん』

「じゃあ、明日ね」


 陸は華子の様子が可笑しいと思いつつも、突っ込まなかった。

 華子の疲労はピークに達していたのか、ふらつく。華子はそのまま、しゃがみ込み、息を切らし始めた。

 社長室の内線が鳴り、華子は苦しいながらもそれに出る。


「も……しもし?」

『あ。華子社長ですか?今、いいですか?』

「……今、そ、そうね。救……」

『どうしたんですか?解りました。ちょっと待ってください。大丈夫ですか?』

「ええ。だ、大丈夫よ」


 華子は救急車に運ばれていった。

ここで思い出は切り替った。華子の容態はどうだったのだろうか。楠田の件があるから、大丈夫だろうけれど、私は心配になった。

 ゆっくりと切り替わった思い出は、華子がベッドの上にいる場面だった。

 琥珀のブレスレットはベッドの近くの小さな机にある。

 華子は祐と話をしている。


「とにかく、大事に至らなくて良かったです」


 祐は心なしかやつれている。憶測に過ぎないが、華子が倒れて心配をしていたのかもしれない。


「迷惑を掛けたわね、ごめんね」

「いいえ。僕としてはお母様に長生きしてもらいたいので」

「有り難う」


 祐は少しだけ照れ臭そうにした。華子はその様子を微笑ましく見た。


琥珀の慟哭(下)38 了

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