097 - 終末にはまだはやい

 ごうごうと、唸りを上げて襲い来る鋼の巨獣。ビルほどもある巨体をくねらせながら、大地を闊歩する。足元を気にすることもない。一歩ごとに破滅と死と絶望を撒き散らしながら、歩いている。

 今もまた、一機の戦闘機が巨獣の頭部に凄絶な神風特攻カミカゼを敢行して空中に大量の破片をばらまいた。

 同時に搭載していた液化燃焼体が飛び散り、巨獣の顔面を真紅の灼熱が覆う。

 音というにはあまりに破壊的な咆哮を上げる巨獣。二機めの神風特攻。

 轟音。搭載されていた爆弾が大爆発を起こす。巨獣の上半身が傾いだ。

 しかし、巨獣はふたつの大切な命を消費してもなお立っていた。

 巨獣の足元では、あまりにも歩幅の違う民間人たちが絶望的な逃避行を続けているのだ。

 彼らはその命を時間稼ぎのためだけに投じた。


「ちくしょう……ちくしょお!」


 全世界で確認された巨獣の数は六百六十六。

 しかし、完全撃破にまで至ったのはその中のたった十七体に過ぎない。

 逃げ惑う人々は、しかし怒りと悔しさを胸に走るのだ。

 遠からず人類の文化は死滅するだろう。それを理解しているからこそ、その火を一日でも長く残すために。

 巨獣が頭を振って意識を取り戻した。

 怒りに燃えた目で、再び金切声を上げる。

 身の回りの数人がその音だけで耳から血を吹いて倒れた。


「くそっ! ちくしょおおおっ!」


 その中に、苦しみを共にしてきた友人たちの姿があったからだ。ただひと声。それだけで死んでしまうほど、人類と巨獣の間には絶望的な生物としての差がある。


「俺は負けてないぞ、俺たちはお前らなんかに――」


 ただ八つ当たりのように直上に振り上げられた足が、こちらを踏み潰さんと落下してくる。

 目を逸らすことなく、睨みつける。

 心だけは負けていないぞと言わんばかりに力を込めて。

 下りてくる足が、止まった。


――よく言った!


 視界が一瞬で開ける。

 巨獣の体が横にずれたのだと気づいたのは、太陽の光が呆けている視界を軽く焼いたからだ。


「痛っ」


 首を振って、今一度視線を上げる。

 そこには、宙に浮いた形で横っ腹を貫かれた巨獣と、巨大な槍を突き出した姿勢の鋼の巨人――巨獣とは似て非なる色の――の姿があった。


「い、いったいどこから……」


 あんな巨大なものが他にもいたら、いくら何でも気付いたはずだ。

 巨獣は苦しそうに体をよじらせ、もがいている。

 ともあれ、その苦悶に満ちた声は、とても胸のすく思いのする声で。


「いや、そんなことはどうでもいい……やっちまえ! 皆の仇を討ってくれ!」


 見れば、周囲でも生き延びていた人々が巨人を見上げていた。口々に同様の言葉を叫んでいる。

 が、巨人はその姿勢のまま動きを止めていた。

 熱狂が何となく沈静化し、誰もが首をかしげたころ。


――あ……


「……あ?」


――油、誰か関節に注してくれないかな……


 巨人から聞こえてくる声に、誰もが一様に表情を引き攣らせたのだった。





 これは、二千年の沈黙を破って現れた六百六十六の天より降り来たる獣と、獣の襲来に備えて、鋼の体に意識を移して二千年の間を待っていた古代人たちの戦いの物語。

 関節が錆びついていたせいで出遅れた彼らは、人々とともに獣の打倒に乗り出した。

 人類は、終末を語るにはまだ早すぎる――


NEXT……098 - 夜の工場、整備師が帰った後でロボット達は…

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885531442

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