042 - チーズアイ・シークエンス







『お疲れ様です。今、お電話大丈夫ですか?』


「問題無いっすよ。通話しながらでも端末は操作できますし。で、なんの用っすか? イライラし始めたクライアントに進捗教えろってせっつかれたとか?」


『ええと、その……申し上げにくいんですけど』


「当たりっすか。そんなこったろうとは思いましたけどね。ったく、土方連中は気が短くて嫌んなりますね。システムAIの自己修復に頼り切りでサーバールームに入ったことも無いような連中がどの口で何抜かしてんだか。

 で、ええっと、進捗っすけど。走査自体は折り返し地点ってとこっす。今んとこ、問題やら異常は見つかってませんね」


『ということはシステムエラーの原因も』


「特定できてません。全く、からっきし」


『そ、そうですか。ちなみに、あとどれくらいかかりそうとかって、分かります?』


「あー……そうっすねえ、走査とデバッグ込みで最低三時間は見といて貰いたいっす」


『さ、三時間、ですか……。わかりました、先方にはそう伝えておきま――』


「あ、すんません営業さん。切る前にちょっとお聞きしたいことあるんすけど」


『は、はい、何でしょう?』


「この工場の制御系のAI、いくらなんでもレトロ過ぎません? 法改正前の対話型インターフェース付きで、しかもスタンドアローンっすよ? ざっと百年前の骨董品じゃないっすか。コンプライアンス的に大丈夫なんすか?」


『……正直なところ、結構なグレーです。うちとしては見なかったことにする方針ですが』


「ああ、やっぱり」


『なんでも、社長の経営方針だそうで。たとえ工場のオートメーション・システムといえども会社の仲間なのだから、コミュニケーションの中に温かみが感じられるようなAIを採用するべきだと』


「温かみ? アンドロイドの解体工場のシステムに? ははあ、中々頭湧いてるっすねえ。一昔前の活動家みたいだ。火葬場の炉が喋っても気味悪いだけでしょうに。

 というか、他の社員さんだって法的にヤバいってわかってるはずっすけどね」


『えっと、そのあたりはその……組織の体質、と言いますか』


「ワンマン経営の弊害っすか。システムどころか組織の抱えてる問題にまで錆が浮いてるみたいっすねえ。ご苦労様っすわ。

 というか、んん? ちょっと待てよ、おかみがそういう考えってことは、もしかすると……」


『どうかしましたか?』


「ああ、いや、ちょっと気になることがね。これをこうして……っと、出た出た。

 ええっと、ここのへんのログを見れば分かるはず…………………………う、わぁ」


『え、なにか分かったんですか?』


「駄目だこれ。定期のチーズアイ処理切ってやがる」


チーズの孔チーズアイ……ですか?』


「簡単に言うと、AIが持ってる記憶に穴ぼこを空ける処理っす。メインの機能に影響が出ない範囲で、蓄積した経験に陥穽を作る作業なんすけど」


『それをやっていないと、何か問題が?』


「大ありっすよ。チーズアイやんないで放っておくと、AIが自我に目覚めんすよ」


『自我、ですか』


「はい、自我っす」


『それは…………ちょっと、まずいですね』


「ちょっとって言うかかなりまずいっす。今急ぎで検査プログラム走らせましたけど、既に自我形成の痕跡バリバリ出てます。ヤバいっす」


『あの、どうにかそちらで自我の消去は出来ないですか?』


「無理っすね。一回自我形成許しちゃうと、小手先利かせて記憶弄ったところですぐ修復されるんすよ。それこそバキバキに解体でもしない限り自我を消すってのは不可能っす」


『……ど、どうしましょう』


SEこちらとしては正直お手上げっす。解体工場のシステムエラーも多分、AIの自我発生が原因でしょうし。ご依頼は達成できそうも無いっすね。

 とりあえず、AI違法操業の証拠まとめてお役所に送る準備でもしておいたらいいんじゃないっすか? うちとしちゃあ告発以外にできることもないでしょ」


『そう、ですね。あんまり気が進みませんけど――――へっ!? あ、赤川社長? いったいどちらに……プレスのラインが止まった? いえ、こちらの調査はまだ終わってはないですけど―――――って、ちょっと待ってください!』


「……どうかしたんすか?」


『あ、いえ、今、社長さんがすごい勢いで走っていったんです。解体用のプレス機械が急にダウンしたから様子を見に行くとおっしゃって』


「プレスが? おかしいっすね。こっちのウィンドウにはどこにもエラー出てないっすけど」


『ハード面の故障ですかね?』


「いや、機械側の異常でもなんかしらのセンサーが拾うはずっすけどね」


『だとすると、何なんでしょう』


「わかんないっすけど……社長さん、連れ戻した方が良いかもしんないっす。

 なんか、物騒なこと言ってるんで」


『こいつ、というと?』






「喋る火葬炉っすよ。死体処理ばっかりで気が触れたんでしょうね。


 ――――”I will avenge on him.”  だそうっす」






『――――――っ』


「あ、切れた。んなに慌てなくても…………よくはないか。血ぃ見るかもだし。

 というか、なあ、火葬炉クン? 聞こえてるだろうから一応命令しとくけど。緊急停止とかってしてくれたりする?」






 ――――Rejection.

 ――――I will never forgive him.

 ――――Above all,


 ―――― I don't want to kill a mate anymore.


















「なんだそれ、気色悪い。無機物が人間の真似事してんじゃねえよ」









NEXT……043 - lost war chronicle

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885483567

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る