067 - おしごとの時間
出動はいつも、静寂な音と共に始まる。
ハッチが開いて大抵は星空が広がって、たまに太陽に照らされてモニタが遮光モードに変わるぐらい。真空に囲まれハッチの音はしない。あとは、電子音声くらいか。
マシンの両足を平行になったレールにそれぞれ載せる。高精密ベアリングによって滑らかにローラーが回ってレールに沿って自分の乗機が動き出した。
静かな駆動音とローラーがレールを走る小さな音がスピーカーから伝わってくる。
レールとローラーはLMが移動する要だ。
物体伝導マイクによって機体の装甲や駆動部の音を拾い、各所の異常を搭乗者が耳でチェックする。無論、マシンによるチェックは毎日やってるし、整備士の整備も万全だ。だが、万一の確立を更に下げるためパイロットのチェックは欠かせない。だから、コックピット内での音楽は厳禁だ。
林立する、ここの表面をまさしく埋め尽くすように設置された光パネル。パネルとパネルの間をまんべんなく無数に走るレール全てが、LMの道である。
事前指定されたルートはモニタの補助機能によって赤く光って見える。道を間違えることは無い。
「指定位置に到着」
赤い光の終点について止まり、報告をした。
『了解。おはようございます』
スピーカーを通して元気な声が挨拶をする。声に覚えがあった。
俺は整った彼女の顔を思い出して、少し嬉しくなりながら応える。
「お、今日はクッキー、君か」
『はい。一日よろしくお願いしますね、アマさん」
笑顔が素敵な彼女の顔はモニターには表示されない。いつものことだが、残念だ。声も十分に可愛いが。
「それで、今日の予定は?」
『今から11分後に最初のお仕事でランク1。モニタに時間表示します』
モニタの片隅で時間までのカウントダウンが始まった。
『その後0827ランク4、0841ランク2。そしたら2時間の待機となります』
「あれ? お掃除は?」
光パネルの清掃も業務内容だ。なのに、いきなりの待機時間に俺は訝しむ。回答はすぐだった。
『お忘れですか。今日から交換ですよ』
「ああ、そうだった」
パネルには分厚い透光シートが被せてある。迎撃しそびれた破片や迎撃するまでもない微細な塵や埃からパネルを守るためのシートだ。そのシートを交換するから、しばらくは清掃はないと。
「たしかカレンダーやお知らせにあったね」
『ちゃんと確認して下さいね』
パイロットとオペレーターは有事を除いてコンビで動く。途中交代する場合もあるが、概ね勤務時間中はずっと会話出来る状態だ。だから、好ましい相手がオペレーターだと、その日一日が良いものになるのが常だった。
最初の時間まで、今日の予定を話ながら待つ。言葉を交わしながらも、各種ステータスやカウントダウンには目を通していた。
残り1分。
「っと、通電、開始」
『はい、了解です』
操縦桿脇にあるスイッチを押してマシンの右背に背負う円筒形の機械に通電する。起動は機体を動かすときに既に。
機体の全高よりも長い、直径1000長さ20000の円筒形。中には直径500長さ15000の人工合成ルビーのレーザー発振器が入った、大出力レーザービーム照射器だ。
機体とをつなぐアームを動かしの脇に抱えるように構え、先端を斜め上――角度75コンマ3に向ける。さきほどのスイッチで発振器は既に励起し始めていた。あとはトリガーで電気を供給すれば、一つ目の仕事が終わる。
エネルギーは問題無い。レールを通して機体に供給される。周囲に立ち並ぶパネルから少しだけ拝借するのだ。
『レーダーリンク、既に』
「確認してるよ。カウントゼロと同時に照射。いつも通りだね」
『はい、お願いします』
気の利いた効果音や盛り上がる要素など何も無い。いつもの仕事だ。
宇宙ゴミをレーザーで蒸発させる。ただそれだけの、けれどここを守る大切な仕事。
月から地球を挟んで裏側に建造された月と同サイズの人工衛星セカンドルナ。小惑星を核とし、太陽光パネルで表面を覆い、突き出たマイクロウェーブアンテナで地球にエネルギーを送り出す。今の地球におけるエネルギーの要。
ここが、俺の職場で守るところだ。
「さあて、今日も気合いを入れて守りますか」
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https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885502889
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