135 - 魔想少年は夜を往く。

 天輪を掲げる星空の下、ポイントに据え置かれた深夜のビル街に啼き声が響く。雑音のように聞こえたのであろうその他大勢は空を見上げ悲鳴を上げた。

 星の消えかけた空を背にビル街をずるずると歩く半透明の鎧──みたところ15mぐらいか、鎧は西洋でよく見かけるナイトのようにも見えるが、その腹部や背からは貫通するようにおびただしい数の針が刺さったようにも見え、あるべきはずの頭部は包帯でグルグル巻きで顔をうかがえず、挙句の果てに四肢はドロドロとした液体が伝っていた。

 その他大勢はパッと見てその鎧を「怪物だ」「化物だ」「だ」と叫ぶ。一応まともに日本であるはずのこの土地で、唯一の人為災害と認識されている準Sクラスシナリオ世界崩壊の危機は単純明快にただの人間には触れることのできない一方的な破壊行為を体現した怪物が気まぐれに闊歩する。

『キミたちがいなければとっくにこの国は潰れているな』

「一方的に巻き込んでおいてよく言うね、博士」

 待ち構えていた『僕』は雑居ビルの屋上からフィアーを見下ろし、肩慣らしにと手の中に得物を顕現させる。僕の手の中に銃刀法も物理法則も無視した得物、刀がむき身のまま握られる。

「物騒な精神してるよな、おめえってさ」

 先ほどまでベンチで仮眠をとっていた同僚の少女が嘲るように笑う、

「きみが言えた話か?」と彼女の得物を小突けば「おめぇよりかはマシだよ」と目をそらす。大振りのどうみても肉をぶった切りかねない鋏を持つヒトには言われたくない台詞なんだが、仕方がない──僕たちは元々欠けている。

『交戦許可が出た、きみたちのタイミングで始めてくれ』

 博士が告げる。とはいっても放っておいたって問題はないだろうに、少し死人は出るかもしれないが。しかしそれではお小遣いが出ないことを僕と彼女は知っている、呆れるぐらいの大きな欠伸をして鎧の様子をうかがった。あぁまったく派手に壊して回る、ガラスが飴細工みたいに溶けて物体は串刺しだ。

「どうするよ」

 彼女が言う、夜風にアルビノの白髪をたなびかせながら。

「どうでもいい」

 僕が言う、大嫌いな蒼い目でフィアー倒すべき敵を眺めながら。

「それは俺もだ。じゃなくてアレはどうやって倒す」

 いつも通りでいいよと雑多な空と街を見下ろした。

 このビルの高さなら死ねただろうか、今はどうだっていいか。

「おーけー、好きにするよ」

「あぁ、僕もそうする」 

 得物を構え精神を集中する、自身という形が溶け夜色の世界に肥大化していく。

 人が心に鎧を纏うように、僕たちは心に刃を持っていた。何かが欠けている少年少女にだけ発現するという他を踏み潰す刃と心は、自分の意志で鎧といった形で顕現する。フィアーに触れることができるのは、同じくフィアーの特質を持つ僕たちだけだった。


「「ルキフェル魔想少年、Engage」」

 

 心の鎧は機械仕掛けの機動兵器ルキフェルに、心の鎧は破裂すればおぞましい怪物フィアーに。

 まるで少年漫画みたいな夜が来る。



《大きな鎧だなぁ、コンプレックスの塊だ》

「それ、僕にもいってる?」

《ははっそういったつもりだぜ》

「折るよ」

《やれるもんならやってみな》

 ざれごとたわごと言い合いながらフィアーの腕を一本ぶった切る。どろどろにすべてを溶かしかねない腕だろうが、彼女の刃は絶対に溶けることも折れることもなくそれを成して見せる。

 外殻機の心臓部、コックピットである球体の空間に構えたまま僕は彼女についた体液を振り払うように腕を払った。ルキフェル魔想少年は自身の想いを形にする、僕が13mぐらいのロボット(外殻機と呼ばせている)を顕現し、彼女は外殻機の武器、大振りのハサミであり二刀のナイフとして顕現する。意識はコックピットにあるが、お互いに補うというよりかはお互いうまく使い合う、そういう奇妙な兵器なのだ。

《あーあー奴さんやきもち焼いてるみたいだぜ》

「焼くほど仲良く見えると思うか」

《思わねえな、全然!》

 フィアーを適当にいなしていると、とうとうフィアーは怒りだすように針を発射してきた。だがそれも彼女が勝手にけっとばす。

 掠った一撃が頬に掠る痛みに僕は目を細める。傷から流れ込むように、甘ったるい声をした女の子の声が聞こえた。

「ねぇなんで、せんぱい、あんなおんなより、私の方がかわいいでしょ、なんで、なんで、なんで……っ!!」

 あぁ、お前昼間の子か。

 一発で分かるフィアーの真核にお前かぁとため息をつく、世は春だ。そういう話が増える時期であり、かくいう僕は別のクラスの子に告白を受けたばっかりだ。

「きみは可哀そうなやつだ、それはよく分かる」

 ──外殻機の拳に力を籠め、構えをとる。踏み潰しはしないけれどみんな危ないよ、自殺志願者以外は近寄らないでねと心の中でせせら笑いながら一気に距離を詰めてくるフィアーへとナイフの矛先を定める。

「でもごめん」

 そもそも考えてくれ、僕は女の子だ。倫理的に考えてくれ、キミの将来のためにも。そんな建前で僕はその女の子を速攻で振った、出来るだけ潔く冷静に。まったく女子高でもないのにどうしてこうなるのだ、僕の女っ気が死滅しているからか? いい加減にしてくれ、髪の毛のケアまで気が回るほど精神的余裕はないんだ。 

「僕、好きな子がいるんだ」

 眼前に迫ったフィアーを一刀両断で消し飛ばす、両断するよりも前に消えかけていた気はするが。

《なぁ》

「何」

《初耳なんだが?》

「そりゃそうさ、初めて言ったんだから」



 夜更けの空に、溶けるように外殻機は去る。取り残された僕らは今日もまた夜に逃げるように路地へと駆け込んだ。彼女の隣をキープしながら歩いていると、ふと彼女が思い出したように僕の手を掴む。冷たく白い彼女の手に驚きながら僕が「なにさね」と聞けば、彼女は何でもない顔で「いんや、逸れそうだなとおもっただけだぜ」と先導する。

 しばらく歩いて、回収に待っていてくれた博士の車に乗り込んだ。

「恋に振られるだけであれだけの鎧を生み出すなんてな」

 運転しながら博士が言う。

 らしいなぁと僕は肩を竦めた。

「博士は分かっていないな、女の子というものは大切な人の一言で世界を滅ぼせる存在なんだ」

 それいったらお前は今夜一人の女の子の世界ぶっ壊したぞ、なんて言葉は聞かないことにした。



NEXT……136 - 恋の予感、ココロとカラダ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885570800

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