134 - Rides In Rebellion
「ザザムスクッ! 俺が引導を渡してやる!」
男の叫びが戦場に響き渡る。男を乗せた量産機は、侵略者の帝王の配下の機動兵器を躱し、撃ち落とし、軌道上の宇宙艦――
猛き思いの丈を声に乗せた男の叫びは胸を打つも、帰趨は既に決していた。これから起こるのは、本機にとっては過去の記録である。
男は傭兵であり、乗っている飛行型機動兵器も量産機であった。しかもお世辞にも良好な状態ではない。迸る紫電は男の乗機が限界を訴えかけている何よりの証左だ。彼には本来、この多勢に無勢の状況を覆す力はない。しかし、流星の勢いで飛翔する量産機は奇蹟の綱渡りで成立させていた。獅子奮迅の一機駆けも男の散りゆく魂魄の最期の燃焼であろう。
男は、この数分後に死せる運命である。
彼は決して良い父親ではなかった。息子の誕生後に顔を見たのは一度きり。後は、ひたすら戦場に身を置き、仲間と共に人の生命を奪い続けていた。しかし、侵略者に仲間を殺され、自身も重傷を負い、同族に嘲笑され……それでも、男はここにいる。孤独に叛逆の刃を王へと突きつけているのだ。
絶望的な戦力差に対し、流出する生命を焚べて戦う姿は――本機の戦力と比較して蟷螂の斧としか言えぬのだが、美しかった。
透視モニタに映る、顔を血に染めてながらも、機体を無理に動かし敵機を撃墜していく男。彼の持つ雄々しさは、
本機が果たすべき任務と如何ともし難い欲求との葛藤を繰り返している間に、男の姿を認めた帝王が乗機と共に現れた。
「ザザムスク!」
黄金の躯体もつ魔なる人型超機将、帝王機。獅子吼と共に男の機体が銃弾の五月雨を撃つも、たかが雑兵ごときの銃弾では、黄金は貫けぬどころかかすり傷もつけられぬ。
それどこか、帝王機は決して揺るがぬ雄壮な姿のままで、超高出力ビーム兵器〝雷霆の槍〟を構える。最大出力で次元すらも歪めるエネルギー量を放出すると言われている〝雷霆の槍〟の前では、男の機動兵器など
事実、余波だけで男の機体の装甲が溶解し、または弾け飛び、躯体が剥き出しになっていく。男が本能的に死を悟ったのか、呆然たる表情で従容と運命を受け入れ……
刹那、男の脳裏をよぎったものはなんだったのだろう。圧倒的に迫る現実に、それでも男は異を叫ぶ。
「まだだ!」
愚者の絶叫と言えば、そうなのだろう。だが、本機は血に塗れたからこそ輝く讃歌を聞いた気がした。そう、本機は――
彼の戦いを見ていたい、彼の行く末を最期まで見たい、彼と肩を並べて戦いたい……。
そう感じた瞬間、本機は偽装を解除し、超高出力ビームを疑似超弦盾で防ぐ。しかし、流石に限界を迎えていた男の機体は衝撃の余波にすら耐えきれなかった。量産機が爆散するも、男は宙に放り出された。時空泡で包み込んで、その衝撃と落下から彼を護る。
「なんだ?」
当然と言えば当然の男の問いに、本機は答える。
「本機は
「……上等だッ!」
正体不明の、兵器の系統樹の枠外の存在のロボット兵器である本機を、彼は受け入れた。
「少しは疑わないのか?」
「疑ってどうかなるのか? もう死んだ身だ。屍体になってまだ動けるなら動ける内に、奴の喉笛を噛み千切ってやる」
コクピットに乗り込みながら、男は獰悪な笑みを浮かべる。血が貼りついたそれは、余人が見れば壮絶の一言であったろう。
「……了解した。本機はエミュレーターが採用されている。君の機体の操縦仕様に合わせる」
光を擬似物質化し、男が先ほどまで操縦していた量産機と同様の計器と操縦桿を形成する。
「至れり尽くせりだな」
「帝王機が動く」
帝王機が悠然と〝雷霆の槍〟を再び構える。突如出現した本機を見て、狼狽えるところが無いのは流石といったところか。
「ザザムスクッ! 返ってきたぞ!」
本機を全開機動にした男が吠える。仇敵を屠らんとする咆吼は、定まった未来への叛逆であり、絶望への反抗だった。
だが、現実は非情だ。
結局、本機の操縦に最も長けた救星主でなければ、本機の機能を十全に扱えないのだ。そこは素質と相性と断言してもいい、残酷な現実が横たわっていた。
本機は躯体とコクピットブロックだけを残し、宇宙に漂っていた。星々の無関心な瞬きと深淵の闇のみが世界の全てだ。再生機能をもつ本機は一七周期もあれば充分に復元可能だが……。
「……負けたか」
今度こそ、持ち合わせていた生命の熱を燃やし尽くしたか、不思議なほどに穏やかに男はつぶやいた。
「
厳然たる事実に、男はなけなしの力で喉を震わせた。既に男は死に体だった。蘇生処置ももう追いつけぬほどに、彼は死の淵にいた。
本来ならば、今までの戦闘、そしてこれから本機が行おうとしている行為は、決して褒められた行為ではない。だが、一時的にせよ本機の操縦士となった彼の末期に、せめて希望を見せたかった。これこそ、人がいう感傷なのだろうか。
男は、漂白しつつある意識を揺蕩っていた。程なく旅立つ事を自覚している男は、しかし白濁する自我で口惜しさと憤りを噛み締めていた。この期に及んでなお感情を残していたのは、彼が特筆すべき精神の持ち主だったと言える。
だが、不意に脳裏に浮かぶ映像……。帝王機と相見える、彼が生涯の最後に乗った
コクピットで眠る男……その顔は、笑みが浮かんでいた。
本機は
NEXT……135 - 魔想少年は夜を往く。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885570799
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