152 - あなたが忘れたものを、覚えておこう

 ひたひたひた。


 今、隣の廊下を何者かが通り抜けていった。柱の影に隠れ、やり過ごす。ゴクリと喉が鳴る。


 十分に時間を置いてから、足を踏み出す。――と。目に映るもの。銀色のフォルム。稼働音とともにこちらを向く。それが何かを理解する前に横っ飛びに避ける……! 間髪入れず、足元に着弾。機関銃の攻撃! 危なかった。反応が遅れていたら、直撃だった。


 天井に取り付けられたガンカメラ。攻撃がそれで終わるはずもなく。立て続けに撃たれる銃口から逃れるように、全力で走り出す。程なくして、廊下の奥から現れる存在。


 二足歩行のロボット。人の姿を模した、アンドロイド。長い髪を振り回し、襲い来る。たまらず銃を向け、発砲。人と似たその姿にかすかな抵抗を感じるものの、かまうものか。やらねば、やられる。射撃を繰り返し、撃退する。


 一体、二体ではない。際限なく現れる。キリがない……!


 先程の銃声を聞かれたか? いや、そうではない。

 マスターサーバーに人工知能の中枢を置き、各個体から得られるセンサー情報を集約しフィードバックするシステムにおいて。もはや個体同士の違いなど意味をなくし。すべてが一つの集合知のように活動するのだ。それは、アンドロイドだけでなく、ガンカメラも警報も扉の電子ロックも、同じこと。


 ガンカメラに見つかった時点で、わたしの動きは筒抜けだったのだ。この屋敷では、すべての存在が――敵だ。襲い来るアンドロイドどもをなんとかやり過ごし、ひとけのない物置部屋に身を潜め、一息。


 なんでこんなことになってしまったのか。


「――母さん」

 首から下げたロケット。なんとなしに開いて見やる。そこにはかつての、家族の写真。父と、母と、子供の頃のわたしの。もう取り返せない、記憶の中だけの存在だ。


 先程倒してきたアンドロイドを思いやる。若い娘。子供がいるであろう母の年代。壮年の女性。様々な年代の、女たち。みな、母の面影を宿していた。


 父は技師だった。わたしが10歳の頃に母が亡くなってから、父の様子がおかしくなった。亡き母を再現するんだと言って聞かず、寝食を忘れ、ロボット工学にのめりこんだ。失った命など、戻りはしないのに。


 数々の失敗と成功を繰り返し、その夢は実現した。


 マスターサーバーにて人工頭脳の構築をまかせ。ボディには各種センサー機能、発話デバイス等の最小限の構成に限り。計算機を積むスペースなどない等身大の人型ロボットでありながら、感情の表現、学習機能など複雑な処理をやってのけた。


 その頃には父は齢60を超え、人生の最盛期を研究で費やしてしまったが。再び実現した夫婦の生活は、とても睦まじいものに見えた。


 だが、父のロボットは完璧すぎたのだ。増加の一途をたどる記憶容量と言えど、物理存在のそれには限界がある。不要な記憶は整理してやらねばならない。抜かりない父は、母に、忘れる機能を用意した。記憶はアーカイブ化され、インデックスのみを残し表層から消える。全ては奥底に。むろん、決して忘れてはならないもの。父との記憶を対象外にして。


 そうしたところ母は、新しい物事を覚えることができなくなった。限界が来たのだ。今日の話を忘れ、同じ話を繰り返す。何十年も前に引っ越した、元の家を探そうとする。わたしの顔も忘れてしまったようだ。


 母は、認知症にかかったのだ――


 母は、探している。最愛の人を。なぜか屋敷から消えてしまった父を。捜索するのに、個体は一つでは足りない。持てる限りのアンドロイドをフル稼働し、屋敷の中、そして町の外まであてもなくさまよう。ときには町人と争いを起こし。怪我も、させてしまった。


 母さん、気づいているのか? 父さんは、3年前に亡くなったんだよ。



 わたしは息子として、彼女を止めるためにここに来た。息子を忘れた母にとって、わたしは単なる侵入者だ。見つけ次第、アームを振り回し、銃口を向け、鈍器を引きずりつつ、襲い来る。


 わたしの記憶にある生きていた頃の母。父の年代に合わせ作り直された壮年の母。もっと若い――父と出会った頃だろうか。すでにわたしのほうが年上になってしまった母。様々な母を打ち破り、先へ進む。


 よくできている。だがボディ自体はただの入れ物だ。心など、そこにない。何かが宿っているわけではないと理解している。それでも。


 耐えられるわけがない……!


 何をしている、わたしは。屋敷に入ってから、何度祈りを捧げただろうか。心はずっと悲鳴をあげ、心臓が涙を流す。


 やらなくてはならない。決めたのだから。


 襲い来る母たちをいなし、奥の部屋目指して駆け出す。すべてを相手にしている時間はない。乱暴に閉めた扉。散らかる家具を寄せ集め、即席のバリケードを作る。こんなものは時間稼ぎにしかならぬ。


 だが、ようやくたどり着いた。ここが最奥の部屋。目的地。父が存命のころ、一度案内されたことがある。マスターサーバーの格納された部屋だ。そこには、


「何だ……ちゃんと、わかってたんじゃないか」

 思わず、言葉がこぼれる。壁面埋め尽くされたコンピュータ群。その下で、古びたアンドロイド。おそらく初期の母。すでに耐用年数を超え、動作を止めてしまったようだ。動かないそのロボットの手元には、一本の杖。父のものだ。足腰が弱くなり、老年使用していたものだ。それだけを大事そうに、胸に抱えていた。


 わたしにロボットやコンピュータの知識はない。問題を探り、母を正常な状態に戻すことなど不可能。できるのは、もっと、単純な解決法。


 暴力。


 わたしは銃を構えた。発射。大型パネルは放射状にひび割れ、粉々に砕け散った。更に撃ち込む。何度も何度も。


 金属同士のぶつかり合う音。咲き乱れる、火花。稼働状態を表すLEDが一つずつ光を失い。そして、消えた。


 後ろでバタバタと音がする。バリケードの奥。倒しきれなかった母たちが、司令を失い活動を停止したようだ。


 ああ、ああ。今、何かがこの屋敷から消えた。


 こんな方法しか取れなかったわたしに許されるのなら、願いを一つ。


 願わくば、その魂が、救われますことを――


 二度も母を失ったわたしは、うなだれ、体を震わし。それでもどうしようもなく。踵を返し、歩き出した。



NEXT……153 - その手が拾うもの

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885595359

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