153 - その手が拾うもの

 少女がそっと、指でスイッチに触れる。

 微動に震える工場に明かりが灯った。そして、一番奥のラインが可動し始める。

 少女は、無言でその前に立った。


「……これは、復讐よ。でも、機械のアンタにわかる筈ないわね」


 かつて自分が働いていた工場。

 そして、自分の持ち場だったライン。

 そこにもう、少女の居場所はない。

 代わって、無骨な多関節のアームが備え付けられている。最新鋭の精密機械、ロボットだ。少女が血眼になってやっていた作業を、倍のスピードと精度でこなすマシーンだ。

 今、国は戦争をしている。

 このラインを流れるあらゆるものが、分別されて砕かれ、再利用され、兵器になるのだ。


「電源を入れたのは、殺すため。生きてない機械じゃないと、殺せないから」


 少女の手には、工具が握られていた。

 だが、小さなモーター音を鳴らしてアームはベルトコンベアへと瞳無き視線を落とす。センサーが、可動したラインに何も流れてこないことを不思議がっているようだ。

 少女は、バチバチ音を立てる解体用具でアームに迫る。


「あの日、アタシは両腕を失った。……そして、気がつけばこんな身体になってた」


 少女の両手は、無骨な鈍色の義手だった。

 指は三本しかない。

 眼の前で作業しようとしているアームと、同じだ。

 跡から知ったが、医療用の神経パルス接続式義手は、工業用ロボットの技術が発達した中で生まれた副産物だった。世の中は大砲の弾や戦闘機の部品を作るのに忙しくて、その片手間でしか医療や研究、福祉の分野は潤わない。

 テクノロジーは人を幸せにし、その不幸を和らげる。

 だが、最もテクノロジーを効率よく成長させる手段は、戦争だ。


「壊してやる……アタシは両腕と一緒に、一番大事にしてたものを失ったんだ!」


 あの日、事故が起こった。

 この工場でも一番の工員、持ち込まれた物資の選別では右に出る者のいなかった少女。彼女は毎日、ベルトコンベアに流れるゴミや鉄屑を仕分けた。

 プラスチック、金属、セラミック、木材……瞬時に判断し、取り分けた。

 だが、その日はミスを犯した。

 結果……彼女は両手をベルトコンベアの行き着く先へと噛み砕かれたのだ。


「両手を失って! その上で……あの人の思い出も失った! ……それで、退院して戻ってきたら、お前がいた。アタシより優秀なお前が!」


 工場長は、これを機に読み書きを覚えて、事務員はどうかと言ってきた。

 戦時特需で潤う工場だ、忙しいが実入りはいい。そして、その中でも少女は稼ぎ頭だったのだ。工場長はその恩義も忘れないし、工員に対して真摯な男だった。

 だが、少女の失われた誇り、失ってしまった想いまでは考えがいたらない。


「お前を殺して、アタシも死ぬ。あの人のとこにいくんだ……」


 恋人の戦死を知った日、最後の手紙と一緒に結婚指輪が送られてきた。

 それは、出征の前に二人で買った指輪だ。戦争が終わったら結婚しよう、そう約束してた。それまで、互いに相手の指へはめてやる指輪をネックレスにして身につけた。

 今も少女の首には、永遠に受け取られない指輪がぶら下がっている。

 彼が形見に残した指輪は、はめてみた指と手ごと破砕されてしまっただろう。

 もう、生きてる理由もないし、生きる強さもない。


「……アンタを壊せば、アタシは非臣民として告発されるだろうさ。気の触れたガキだってね! でも、いい! 両腕くれてやったんだ、アンタを壊して残ったアタシも」


 ベルトコンベアに飛び乗る。

 そして、向かい側のロボットへと工具を向ける。

 だが……ロボットはその時、予想外の行動をした。

 少女を強靭なクローでつまみ上げ、即座にラインから放り出したのだ。

 床に投げつけられた少女は、尚も起き上がる。

 そんな彼女の鼻先に、ロボットは威嚇するように三本指の腕を突き出す。


「クソッ! 復讐も自殺もできねぇのかよ! なんなんだよ、クソォ!」


 だが、冷徹な機械音声は平坦な声を連ねた。


「安全回路作動、分別資材以外ノ生命反応ヲ保護、救出」

「そうさ! アタシはゴミだ。鉄でもアルミでもないし、プラスチックでもない。分別して資材をそれぞれ仕分けたあとに残る……ゴミだ」

「……分別資材ニ該当セヌ物質、ヒトツ、有機体。フタツ、可燃ゴミ、ミッツ……


 アームの指が開いて、少女は目を疑った。

 そこに、あの日左手と一緒にすり潰されたかと思っていた、指輪があった。

 純銀に小さな貴石がはまった、安物だけど世界に一つだけの指輪。

 それをアームは、震える少女の義手に握らせる。

 そして、少女は後に知ることになる……この手の機械は全て、本来は貴金属を察知するとラインから取り分け、自動的に軍部へ供出するようにできているのだ。そういう機能があるはずのそのロボットは、戦時国債を増やすでもなく、上級将校の懐を潤すでもなく……少女の鋼鉄の手に、その指輪を返したのだった。


NEXT……154 - BOAの玩具箱「古物ガレージ編」vol.5 DX超剛金 野獣合体ワイルドキング(MANDAI/2001年)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885596184

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る