120 - ネイヴァーフレンズ

 その機械は人型をしていた。二本の腕、二本の脚。指は五本ずつあり、肘も膝も駆動する。

 頭には黄色く光る目が二つ。口と鼻はないが、代わりにスピーカーが内蔵していた。

 鋭角的なデザインをしたロボットは、自身の定義を知らなかった。この手、この脚、この体は何に使えば良いのか。


『×××。お前は、我々人類の最高の隣人になってくれ』


 ロボットを造った人はそう彼に語りかけた。なるほど、と人型は思う。

 人類の隣人として全うしよう、とロボットは言葉に出さずにそう誓った。



→→→



 その機械は人型をしていた。二本の腕にはドリルとピックが握られており、二本の脚は泥除けようのカバーが被せられていた。

 目はゴーグルを付けられており、頭にはライトのついたヘルメットを被っている。


『×××! 今日も一緒に採掘作業、頑張ろうぜ!』


 ロボットを購入した男は、快活にそう語りかけた。なるほど、頑張ろう、と人型は思う。

 これもまた隣人としての役目だろう、とロボットは言葉には出さずに、泥塗れになりながらも男と一緒に労働をした。



→→→



 その機械は人型をしていた。右腕には機関銃が内蔵してあり、左手にはビームの刃を形成する兵器を握っていた。二本の脚は赤く染まっている。赤く、粘ついた液体で染め上げられている。

 その顔は仮面を被せられていた。モノアイの、ガンメタルで機械的な鉄仮面。


『×××だ!? や、やめ——』

『死ね! 死ね死ね死ね! 国のために死ね! 裏切り者には死を! 反逆者には鋼鉄の裁きを!!』


 人型を操る男はそう言って、逃げ惑う人々を機関銃で撃ち殺したり、そのビームで焼き払ったり、その足で踏み潰したりとしていった。


『旧型だと思ってたが……人間相手なら十分だな。頼むぜ、×××。我が国民のために、働いてくれよな?』


 優越感に浸る男は、人を殺す道具となった人型にそんなことを言う。

 ロボットはこれもまた隣人としての役目なのだろう、と浮上するエラーを無視して、そう思い込もうとした。

 しかし——本当に、本当に、そうなのか? これが自身を作った人が願った姿なのか? あの人の文明のための営みの果てがこれなのか?

 人型は声を出さない。その積もりに積もった疑問を提示しない。

 もし、結論があるとすれば。彼の中にあった、最高の隣人と何なのか、その曖昧な理想と現実はあまりにもかけ離れていた。



→→→



『ねぇねぇ、ロボットさん。起きて起きてー』


 その機械は人型をしていた——が、それはもう昔の話。腕は一本失い、脚はもはやない。森の中で仰向けに寝そべっている。

 顔は……幸いにしてまだあった。鉄仮面は排除されて、元の二つ目と口の無い表情があった。ただ、その目は以前と比べて燻んだ黄色をしていた。


『むぅ……起きてるのはわかってるんだよー! 喋ってよー』


 もはや満身創痍でありながら死ぬことのできない残骸に声をかけるのは、一人の少女であった。

 ロボットの口に当たるマスクに脚を広げて座っている。容姿からして10にも満たないだろう。ふわりとした金色の髪を振り回しながら、バンバンとロボットの口を叩く。


『もぉ……喋ってってー!』


 彼女は、会話を求めている。それは人型からすると初めての感覚であった。

 これまでは一方的に言葉を言われ、それに従うのが常であった。それが普通だと思ってまでいた。ロボットとは、そういうものだと。

 だから声を出さずにいた。必要を感じていなかった。しかし、彼女は求めている。会話を。


「……ナ、ンダ?」


 おずおずと、不安げに。初めての言葉は震えていた。


『あー、やっぱりー! ねぇねぇ、あなたなんて名前なの?』

「……×××、ト呼バレテイタ」

『×××? 変な名前……似合わないよー』


 何十年と呼ばれてきた名前を否定されたロボットは、しかし意外にも嫌な気分にはならなかった。

 周囲を見る。かつて戦争にまで発展した人の営みは、全て森の木々へと変貌していた。草葉が炎のように揺らめいている。血を吸った土は黄土色のままだ。

 そして、この場に少女がいる。


『んー、じゃあ、ロボットさん! ロボットさんって呼ぶけど、それでも良い?』

「……任セル」


 あまりにも安直すぎる名前であったが、形式番号である×××よりかはずっとマシに人型は思えた。数字で呼ばれるよりも、人間らしいと。


『ねぇねぇ、ロボットさん! お友達になりましょう?』

「友、達?」

『そう!』


 考えてもいなかった提案をされ、ロボットは少し戸惑う。彼の中で溜まっていたエラーによって、正常な隣人の認識ができなくなっていた。

 だから、目の前の少女の提案が正しいのか迷う。友達の定義とは何なのか。隣人とは何なのか。

 疑問を持ちながらも言葉にしてこなかったロボットは、自分の言葉で彼女に問う。


「友達トハ、何ナノカ?」

『んー、わかんない! でも、一緒にいると楽しい人のことだと思うよ』

「楽シイノカ?」

『それは、これからだよ!』


 曖昧で、答えになってない。だけども、ロボットはそれが正しいと自分の意思で決めた。

 正解かどうかは解らない。だが、それでも。


「……解ッタ」


 人型は疑問の果てにそう答える。解らない。だけど解る。それが答え。

 寂れたロボットは動かぬ身体を疎ましく思う。されど、その燻んだ瞳は、確かに少女の笑みを見つめていた。彼女の無垢な笑みこそ、彼が隣人たると信じたい人間の姿であった。



NEXT……121 - 最強無敵のバージンロード〜奥さまはアンドロイド〜

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885554375

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