115 - ザ・ディテクター

 緑色の空の下、地平線まで広がる赤茶けた大地に、鋼鉄の塊が、2つ。


 その大きさを比較するものがこの風景の中にないことが残念ではあるが、それは小さな家ほどもあろうかという身体を、二本の足で支え、そして歩いていた。


 箱のような胴体に、細長い腕、そして申し訳程度に取り付けられたような、小さな丸い頭部。そこに開く二つの目――それが「眼」なのかはわからないが――を左右に動かしながら、歩く。



「外の空気を吸いたいですね、BX-07」



 その声は、先行する鋼鉄の塊の、体内から響いたようだった。



『ケスパー。この辺りは汚染が進んでおり、有機生命体の活動に害をなします』


「そうですか。残念です」



 ケスパー、と呼ばれたその有機生命体――鋼鉄の塊たちと同様に、それは二本の足と二本の腕、頭部に目と鼻、口を有する――は、BX-07と呼ばれるその鋼鉄の巨人の胴体の中にいた。



『センサー・ユニットの信号シグナルをシェアします。あなたの感覚器官でこの大地を見てください』


「あら、うれしいです。私に体験を分けていただけるのね」


『仕事ですよ。索敵をしてください』


「わかっています」



 ケスパーの頸椎部に接続された金属製のアダプター・ユニットから、視覚情報や温度、そして周囲の音が流し込まれる――こうした情報を「感じる」ということにおいては、有機生命体の方が優れているのだ。増幅された感覚情報を神経系に流し込み、ケスパーは外の世界を、その身体で感じる。



「……あっちの方から、匂いがします。音も……たぶん、虫獣種だと思われます」


『把握しました。北北東2km、波動探知センサーとも一致します』



 その直後、別の通信がBX-07へと入る。



『BX-07、こちらでも同じものを感知した』



 BX-07の後ろを歩く別の機体――FGM-2Kからの通信だ。



『だが、問題がひとつある。私の相棒パートナーが警告を発していてね』


「レイガスがそんなことを?」



 と、FGM-2Kからの通信に別の男の声が混じる。



「ケスパー、それとBX-07、嫌な感じがするんだ……はっきりとはわからないんだが。背筋の毛が逆立つような感じだ。FGM-2Kには伝わらないんだが……」


『有機生命体のジョークはよくわからない』


「これだから鉄の塊は」


『それは失礼ではないかな、タンパク質の塊よ』



 ケスパーが噴き出した。相変わらず、仲のいい主従だ。



『いずれにしろ、調査に向かわねばなりません。いいですね、FGM-2K』


『もちろんだ』


「まじかよ……」


「あきらめることね、レイガス」



 2体と2人は北北東へと進路を変えた。


 * * *


「ここは……」



 たどり着いた場所は、廃墟。


ケスパーたちに合わせたサイズの、細長い箱のような建物が並ぶ、それは灰色の森のような地。



「やっぱり、ここは『死』の匂いがするんだ」



 レイガスが言う声が通信機を介して聞こえてきた。



『死……破壊されるということか。恐怖しているのだな』


「……私たち有機生命体にとっての死、というのは、それとは少し感じが違うのだと思います」



 ケスパーにBX-07は問い返す。



『破壊と死の違い?』


「有機生命体は死んだら腐るもの。あなたたちのように、破壊されても形が残り、別の機体のパーツとなったりはしないの」


『有機生命体の死への独特の感性は非常に興味深い。きっと、あなた方の感覚が発達しているのは、死を恐れるからこそなのですね』



 FGM-2Kが建物の間を歩き、交差点で警戒の体制を取る――



「……来る!」



レイガスが叫ぶのと同時に、FGM-2Kがその重心を後ろへと移しながら輪脚ローダーを回転させて跳び退る。と、FGM-2Kが立っていたアスファルトの大地が、砕ける。


上空から降ってきた、尖ったもの――硬い甲羅に覆われ、鋭い爪を備えた前脚。FGM-2Kの反応が一瞬遅ければ、ボディがひしゃげていただろう。



『一体、どこから……』


「上よ!」



 ケスパーが叫び、センサーの解像度を下げることでようやく、その全貌が把握できた。目の前にある巨大なビルの廃墟――そこから、甲殻に覆われた足がいたのだ。


 地響きをたて、ビルが動いた。その1階部分から――2つの眼が、覗いた。



『同定完了。奇殻虫獣の一種ですが、過去に確認されたどの個体よりも大きなものです』



 BX-07が分析結果を告げつつ、FGM-2Kをフォローする位置に入る。



電磁式火炎投射プラズマ・フレイムが有効と思われます。セット、スタンバイ』


「だめだ……! こいつの正面はヤバい!!」



 レイガスがそう叫ぶのと同時に、目の前の化け物がその「口」を開き――空気が震えた。



音波破砕衝ソニックバスター……!』



 超高周波の音波を発し、敵を破壊する――虫獣の中にはまれに、そういう器官を備えるものがいるという。


 文字通りに破壊的な音の津波に晒され、FGM-2Kはその鋼鉄の身体を揺らがせた。



 ――ドォン!



 横合いから爆発が起こり、奇殻虫獣の巨体が揺らぐ。BX-07の放った砲弾が炸裂したのだ。


 途切れた音波の間隙を突いて、FGM-2Kがその腕の先から、炎を吐き出す。プラズマによって誘導された超高熱の炎が、虫獣の背負ったビルの中にまで入り込み、その身体を焼き尽くした――



『無事ですか、FGM-2K』



 崩れ落ちた虫獣を横目に、通信が飛ぶ。



『BX-07、ナイスアシストだったが、わずかに遅かったようだ』



 FGM-2Kが答えた。



『では、レイガスは…‥‥』


『ああ、有機生命体には耐えられなかったようだ。ここで探知用有機生命器官ディテクターを失うのは痛いが…‥』


『……仕方ないです。一度戻って、新しいのを調達しましょう』



 外地探索を生業とするBX-07やFGM-2Kにとって、嗅覚や聴覚、さらには「第六感」といった有機生命体特有の感覚を持つ探知用有機生命器官ディテクターは命綱だと言えた。レイガスは特に、第六感に優れた個体だったのだが、それに代わる性能のものが、メーカーにあるだろうか――



『悲しいよ……私にとってはもう、ただの道具ではなかったからね』


『察します』



 そうだ――危険を共にし、お互いの能力を補完し合う探知用有機生命器官ディテクターは、ただの道具ではないのだ。それは「愛着」という言葉だけで語れるものでもない、



『一度戻りますよ、ケスパー』


「かしこまりました、マスター」



 BX-07は自分の相棒パートナーにそう声をかけ、踵を返した。


NEXT……116 - 電気羊の夢

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885546029

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