045 - 機械生命体の決意

 私の名前はテラ。十代中頃の少女に見えるが、それは見た目だけだ。


 私は、ヒューマノイドロボット――要は、人間の形をしたロボットだ。


 天才科学者を自称する老人――博士に作られ、起動してからは、その博士と一緒に暮らしている。


 私が作られたのは、身の周りの世話をする人が欲しかったから。外見は、博士の趣味なのだそうだ。


 ちなみに、『十代中頃の少女に見える外見』というのは、博士の受け売りだ。博士以外の人間を見た事がないので、真偽の程は不明だ。


 そして、それは確かめようもない事らしい。


 人間は、博士を除いていなくなったから、だそうだ。




「これは……綺麗で……いいのかな……?」


 満天の夜空を見上げ、思った事を声に出す。


 ここは、北半球のとある森の中。

 季節は夏の真っ只中だが、北半球でも北部の方なので、気温こそ他の季節より高いが、不快な湿気はない。


 私は今、キャンピングカーを五台並べて魔改造した自宅兼研究所の屋根の上にいる。

 理由は単純で、星が見たかったから。遥か昔、まだ多くの人間が生きていた頃、『天の川』と呼ばれていた星々を。


 そうしていると、天窓を重そうに持ち上げ、長めの白髪の老人が顔を出した。この人が、私を作った博士だ。


「テラ、何をしているんだい?」

「あっ、博士。……星を、天の川を見てたんです」

「天の川……?」


 博士は夜空を見上げると、ああ、と呟いて、


「そうだね。これは天の川だね。……懐かしいな、天の川なんて単語を聞くのは、何十年ぶりだろうか」


 懐かしそうに、本当に懐かしそうに言った。


「そう、なんですか?」

「まあね。知ってたけど、口に出す事はなかったからね」


 博士はそう言うと、少し黙って、


「あのさ、一緒に星を見たくなったんだけど……いいかな?」

「えっ? い、いえ、そんな事はないです」

「じゃあ、決まりだ」




「あそこにある、線で結ぶ三角形になるように並んでいる三つの星があるだろう?」

「あれですか?」

「そう。あれが、『夏の大三角』と呼ばれていた星々なんだ。左にある十字架みたいなのが、はくちょう座。右のくしゃくしゃになった十字架が、わし座。それらの上にある平行四辺形と、縦に二つ並ぶ星を纏めて、こと座」


 博士はまるで、新しい知識を手に入れた子どものように、楽しそうに語った。


「でも……どうして急に、星を見ようと思ったんだい?」


 急に聞かれて、私は言葉に詰まった。


「……えっと……その……」

「……言いにくいのかい?」

「それは……だって、掃除の途中で本が気になって、それを読んで興味を持ったからだなんて……あっ」


 しまった。


 私には、博士にこういう聞き方をされると、言えないと思っている事を口に出してしまう癖があるのだ。最近は凄く警戒していたのに。


「ああ、もう、またやった……」

「あははは。まあ、そこに本があるなら、そりゃ気になるよね。そういう風に、自由に行動出来るようになってもいるし」


 頭を抱える私を見たからか、博士は朗らかに笑った。

 起動してからずっとそうなのだが、博士は、私が身の回りの世話をサボるような事をしても、全く怒らないのだ。寧ろ、そんな私を微笑ましく見守っているようにも思える程に。


「…………。あのさ、テラ」


 不意に、博士の声色が変わった。どことなく、寂しそうな風に。


「はっ、はい?」


 私は慌てて顔を上げ、博士を見た。

 声色こそ変わっていたが、そこには、いつもの穏やかな表情の博士がいた。


「今まで、黙ってたんだけどさ……」

「な、何ですか? ……もしかして、私の料理がおいしくないとかですか? ここ最近、残してましたし……」

「あ、いや、そうじゃないんだ。テラの料理は凄くおいしいよ。そうじゃなくて……その……僕は、もうすぐ寿命みたいなんだ」

「…………」


 はい? ……今、何て?


「ほら、私の寝室に、小型のバイタルチェックマシーンがあるだろう? あれで、体がどうなってるか検査したんだよ。」


 私が思った事を知ってか知らないか、博士は話を進める。


「そしたら、末期の、絶対に治せない箇所の癌だって出たんだ」

「えっ、ちょっ、ちょっと待ってください!?」

「……どうしたの?」

「だって……真っ先に私が気付くはずです! 私は博士の身の回りのお世話のために作られたのでしょう? でしたら、私にもバイタルチェックの機能が――」


 そこまで言って、私はハッとした。

 博士が、今まで見た事がないような、寂しそうな表情になっていたのだ。


「テラにはそういうの、付けなかったんだよ」

「どうしてですか!?」

「テラを作った理由なんだけどさ……本当は、身の回りの世話だけじゃないんだよ」

「……どういう……こと、ですか?」

「……笑わないで、怒らないで、聞いてくれるかい?」


 保証は出来ないが、私は、とりあえず頷いた。


「誰か一人でもいいから……この星の事を覚えていてくれるがいて欲しかったんだ」


 博士はそう言って、更に続ける。


「私が三十歳の頃、人間は皆、地球この星から逃げ出してしまった。色んな要因が重なって、ここだけでは人間を養えなくたったから」

「じゃあ……博士は、どうして?」

「単純だよ。『ここが良かったから』」

「…………」


 正直私には、この気持ちは理解出来なかった。


「地球に留まって暫くしてから、気付いたんだ。私が死んだら、地球の存在を、確実に証明出来る者がいなくなる可能性がある事に」

「……だから、私を作ったんですか?」


 私が言うと、博士は――どう表現するべきか解らない表情になった。


「そうだよ、テラ。私は、君をロボットではなく、地球人として作ったんだ。……エゴだよ。これは、私のエゴだ」


 博士はそう言うと、自嘲するかのように笑った。


「……それじゃあ……私は、博士が死んだ後、一体どうすればいいんですか? ロボットは、人のために作られ、動く存在です。……私は、どうすればいいんですか!?」


 気が付いた時には、私は博士を問い詰めていた。それだけ衝撃的だったのだ。自分の存在意義を根本から覆されるのは。


「簡単だよ。生きてくれ。君はロボットであり、地球人――人間なんだから」




 北半球のとある森の中にある、妙な形の建物。

 私は、ここで生きている。

 暫くは悩んでいたけど、最後は自分で決めた。

 ここで、死ぬまで暮らす事を。


NEXT……046 - Knight's Road

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885483586

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