083 - 訣戦の炎と、君の証
六日前、暴走した戦闘機械の侵攻で廃墟となった街。無数の
「ほんっとに気づかねえのな、あいつら」
パイロットの
「ステルスの充実には大変に苦労しましたので」
流暢な、しかし無機質さの残る機械音声。
「まさかこう役立つとは思わなかったが……本当に、いい機体だ」
二〇四〇年代から、対テロ戦争の激化に伴い陸自で開発が進んだ多脚型の戦闘ロボット。その一つであり、蜘蛛を模した八本の
それをベースに、性能と装備を限界まで突き詰めた特別機。
「守月一尉のネーミングも見事でしたよ、『
「おう、感謝しろよ
管制や操縦補助のため、搭載されているAIナビ。そのプログラム中では、設計チームの代表である
「しかし一尉、重ねての確認ですが。追撃を振り切り離脱することも可能でして」
「悪いな、だが確定事項だ」
ナビの音声を遮り、楓は告げる。
「昨日で確信したが、奴らの防衛網を正面突破するには相当な犠牲が要る。ここまで近く潜り込めた今なら、私だけの犠牲で破壊できる」
この先の基地にある戦闘機械制御ネットワークの管理コンピューターが、叛乱した隊員によって操作され、戦闘機械が暴走したのがこの状況の発端である。機甲部隊と共に基地への攻撃を試みる最中、閃いた策だった。混戦の中で身を隠し、さらに外部との通信を遮断することで破壊を偽装。
そうでもしなければ、貴重な機体である八修羅の救出作戦でも組まれかねない。
「もう御免なんだよ。部隊の所有物として動くのも、私のせいで誰かが死ぬのも」
「了解しました。バイタルを確認するに、恐怖や緊張などはあまり感じられないのですが。死への恐怖などはないのでしょうか」
「……あのね、奏真くん」
久しぶりに、名前を呼ぶ。
「何が一番怖かったかというとね。君が死ぬことが、一番怖かった」
思い出す……いや、忘れたことなんてなかった。
報せを聞いた瞬間のことを。瓦礫で溢れた研究所の跡を。ばらばらになってしまった彼の身体を。血に塗れた認識票を。
「それが済んじゃったからさ。もう、怖くはないんだ」
「申し訳ありません、出過ぎた質問でした。そして自分は玄井奏真を模したAIであって、彼ではありませんから」
分かっている。玄井奏真は、最強の戦友であり、最愛の恋人であった彼は、もうこの世にはいない。
才能と魂を注ぎ込んだ八修羅を私に残して、先に天国へ行った。
「……分かってる、だからさ。奏真くんの存在の証明を以て、まだ生きてる皆を守る」
存在の証明であるこの機体を残す事こそ、彼のためなのだと言われるかもしれない。寧ろそれが正論だ。だが、この機体を私以上に活かせるパイロットなんていない。他の誰かが乗って壊されるくらいなら、限界まで私が使う。そんなエゴと共に、これまで戦い続けてきた。
「よし、じゃあ出ようか」
「了解、動力起動します」
君の証と共に始めよう、現世と訣別する戦いを。
エンジンを駆動、戦闘回路を漲らせる。八本の
熱源を感知し、周囲の機械兵士が一斉に武装を向ける。だが彼らの武器が狙いを定めるより早く、八修羅の機銃に吹き飛ばされていく。
機銃はそのまま、上空から接近するドローンを墜とす。全方位から攻撃が殺到する中、八修羅は四つの車輪を操りビルの間を疾走する。弾道と障害物を回避できる最適ルートを推定する高速演算と、それを実現する機動スペックと操縦センス。回避しきれない攻撃すら先んじて予測し、撃ち抜いていく。
先で展開する敵部隊の中に、ガトリング搭載の装甲車が数台。回避は困難と判断、機関砲で狙撃し二台を撃破し、弾幕を逃れてビルの陰に入る。そのまま地上を迂回すると見せかけておいて、跳躍。ビル壁へワイヤーを射出し、その張力で空中を舞いながら残りを撃ち抜く。
「――ははは、どうだ!」
ミサイルを撃ち落とし、群がる兵器の間をすり抜けながら、楓はいつの間にか笑い出していた。
そうだ、私はこんなにも自由なんだ。
八修羅と、奏真くんと一緒なら。どこまでだって行ける。
数十の銃口や砲門から殺到する弾雨を、散弾とフレアでの迎撃も併せて掻い潜る。避けきれず機体が損傷する中、跳躍して基地内部へ。
もう一歩。
被弾の衝撃と機体の過熱の中で、楓の意識はさらに灼けていく。
目標施設が視界に入った所で、大型の穿甲弾を発射。遠距離からの砲弾は迎撃されてきた、だがこの至近距離なら、という狙い通りにコンクリの壁が砕け散る。そこへ、自動操縦の小型ドローンの群れを放つ。施設内部のルートは設定済みなので、到達した数機がサーバーを損傷させ、戦闘機械を停止させてくれるはずだ……とはいえ。
それまでの数十秒、生き延びられるか。
無理な機動と重なる被弾で、既に機体は満足に動かない。それでもせめて戦士らしく、最後まで戦い抜こう。
そう決めていたはずなのだが。
瞬間、脳裏をよぎった言葉に身体が動いた。
「――ごめん、さよならだ」
搭乗席は上空へ射出される。
強烈なGで意識が飛ぶ中、八修羅が炎に包まれるのが見えた。
意識が戻ると、パラシュートは近くの林に着陸していた。
全身の痛みの中。いつか、腕の中で奏真がくれた言葉をなぞる。
「もし、僕が先に死んだりしても。楓さんはちゃんと生き抜いてくださいね。僕もそうしますから」
「……なんだよ、私はそんな世界で生きたくはないぞ」
「だって。あなたしか知らない僕の記憶、いっぱいあるじゃないですか。だから僕は、あなたの中でも生きてるんです……その僕が、僕の証が、消えてほしくはないから」
今になって、やっと気づいた。八修羅だけじゃなかった。私自身が、君の存在の証になる。
「……ありがとう、これでさよならだね、八修羅」
自分と最愛の人の、半身であった機体と訣別し。
それでも、私は生き抜いていこう。
君の証を心に抱いて。
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https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885526673
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