071 - ロボランチ
──20XX年、地球は異星人による驚異にさらされていた。
地球を侵略しようと666億光年先にある惑星アルコーンからの攻撃に怯えていた地球人達は、5年前に東京都中野区に現れた超精神的世界からの使者である聖少女「プレロマの乙女達」の導きにより、彼女達の持つ超精神的世界技術によって創造された巨大ロボット……「エクスマキーナ」を操縦し、アルコーン軍に立ち向かった。
この物語の主人公、仁呂臼 サトル(ニロウス サトル)は12才の誕生日にアルコーン軍の攻撃により故郷の村を焼かれ父母と妹を殺され、復讐の炎をその胸に燃やす若き「エクスマキーナ操縦士」である。
「アルコーン軍め……今日こそお前達を殲滅し、地球から追い出してやる……!!」
彼は類い稀なるエクスマキーナ操縦センスにより、数々の戦場で活躍し、劣勢であった戦況を逆転させ、アルコーン軍の侵略を縮小させてきた……いうなれば「英雄」。彼こそがこの地球の英雄なのである。
彼の操縦するエクスマキーナ「ケリントス」が獣の咆哮にも似た起動音をあげて大地を蹴り、空の彼方に向かって跳躍する。
「仁呂臼に続けぇ!!」
仲間達が叫び、吠え、彼らの操るエクスマキーナがケリントスの後を追い一騎、また一騎と空へ飛んでいく。その姿はまるで……まるで
「まるで……天使みたい」
難民保護キャンプで孤児達の世話をしている少女、アリサが空を眺め眼を輝かす。彼女の想い人もあの空で戦っているのだ。
「頑張って……みんな、生きて帰って……そうしたら」
彼女は先日の晩餐を回想する。質素な食事だが、それでも皆で囲む食卓は暖かく、そして幸せだった。
「みんなでまた……食事を」
青空に白い雲が幾筋もたなびく。そして……
──子供の頃、すごい博士になってでかいロボットを作るのが夢だったっけ。
大手牛丼チェーン「よき屋」の狭いカウンター席で備え付けのテレビから流れるアニメーションのエンディング曲を聞きながら、サラリーマン満田洋太はぼんやりと考えていた。
ロボットを作るのが夢だった。そのために大学にもいった。大学に行ってわかったのは、自分の力では巨大ロボットなんて作れないこと。
夢破れたあとは糸の切れた凧のごとく流されるまま、ただ進級できるくらいの単位をとって、適当に遊んで、適当に仕事を選び、卒業できるくらいの出来の卒論を書いて、そしてぼんやりと社会人になった。
無味乾燥、無感動な数年をただ労働をして過ごした。と、いうよりも仕事しかするようなことがなかった。始発で職場に行き、終電で帰る。休日は寝るか掃除をするくらい。大学時代の恋人もいつの間にか別れ、彼女は最近他の男と結婚したらしい。
毎日毎日、繰り返されるルーチンワーク。昼になったらこの牛丼屋で、奥の厨房で機械が作った牛丼をアルバイトが機械的にもりつけ、無表情でさしだされたそれに生卵を混ぜて黙々と食らい、そして職場に戻るだけ……
(これじゃあ、俺がロボットじゃねぇか……)
ロボットを作りたいと思っていた男が、今ではロボットになっている……なんと笑える話だろう。
不意に、向かい側に座っている客が視界に入る。若い、まだ学生か、もしくは新卒のOLだろうか。黒い髪が艶やかな、血色の良い顔色の元気と若さに溢れている娘。
彼女の前に大盛りの牛丼が置かれる。途端に彼女は眼を輝かせ、牛丼を無心に食べ始める……その食べっぷりの良いこと!まるで彼女はこれが生まれて初めて食べた牛丼のように、世界一美味しい食べ物を食べた時のように、なんとも美味そうに丼をかっこむではないか。
彼女の食べっぷりを眺めていた満田の腹の底から、なにかがムラムラと沸き上がる……久しく忘れていた欲求……“食欲”だ。
満田は自分の前に置かれた大盛り牛丼に手をかけ、箸を持ち、丼を持ち上げ一口、そのよく煮込まれた柔らかな牛肉と甘い玉ねぎ、そして艶やかな米粒に絡み付く甘辛いたれの味を口内で確かめる。
──美味い。
とても、とても久方ぶりだった。食べ物を美味いと感じたのは。
そう、ここの牛丼は近隣のどの店の牛丼よりも美味い牛丼だった。だから満田はこの店に通いつめていたのだ。そもそも満田は牛丼が好物だった。幼い頃、父に連れられて寄った牛丼屋。油で汚れた薄茶色の壁の汚い店で出された牛丼の、煮込まれた牛肉と絡む生卵の美味さ。その虜になって早二十年……忘れていた。いつの間にか、側にあって当たり前になっていた牛丼。その魅力に。
夢心地で丼を空にする。丼の中には米の一粒、タレの一滴残っていない。まるで長年連れ添った女房に再び恋をしたような、とても素晴らしい心地だった。
(忘れていたよ、飯を美味いと思う感覚)
この感動は、心の動きはロボットには無いもの。飯を美味いと思えること、飯を楽しめることはロボットにはできない。人であるからこそできる事……満田は心の中で何度も頷く
ちらりと席を見渡せば、先程の娘はまだ席に座っていた。
(ありがとう、大事な事を思い出させてくれて)
満田はきっと再び会うことなど無いであろう娘に、心の中で礼を言い。店を出て職場に戻る。その背筋は今までになくすらりと伸びていた。
「今日は大手牛丼チェーン“よき屋”に新たに設置された廃棄食品処理用ロボット“うまみちゃん”の開発者である加田里 康一博士に御越しいただきました」
深夜のニュースバラエティ。アナウンサーの女性と斜向かいに座っているのはまるで自身もロボットのように無表情の初老の男性。
「オーダーを間違えた商品や、調理して一定時間が経った事により廃棄される食品をその体内にある高速乾燥収縮装置で処理する、画期的なロボットである“うまみちゃん”ですが、なんといってもその特徴は人型であること、そして処理の様子がまるで牛丼を美味しそうに食べている姿にそっくりだという点ですが……これについて博士はどのような意図がおありで?」
張り付いたような笑顔のアナウンサーの問いに、博士は表情筋を少しも動かさず
「そりゃあ、ロボットは“彼らに任せたい労働”……つまり“無駄”を担う存在ですから」と言った。
NEXT……072 - 黒騎士は待っていた
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885513030
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