019 - 自己複製する異形と、進化する聖剣

 小柄な人影が異形と向き合っていた。


 見た目は騎士。板金を波打たせ強度と軽量化を両立させた溝付き甲冑は、その機能以上の美を騎士に与えている。


 騎士は肩で息をし、今にも倒れそうに膝を震わせながら、それでもひたすらに己が剣を眼前の敵へとむけている。


 対するは、騎士とは大きく異なる形状をした生き物。


 腰より下はたこのごとく、上半身には多少の類似性が見られるものの、背には蝙蝠こうもりに似た翼が生え、両のこめかみからは山羊に似た角が生えている。


 目は巨大な一つきり。


 騎士たちの言葉で、彼らは『悪魔』と呼ばれていた。


「化け物がッ」


 悪態をつく騎士には応えず、悪魔は蛸の八本足で跳躍。手に持ったもりで、騎士の頭蓋を狙う。


 かわせたのか、それとも膝の力が抜けて前に倒れたのか、もはや騎士自身にも分からぬ。


 前転して距離をとり、片時も離さず持っていた剣に、声をかけた。


「スキル〈ランツクネヒトの焔アイン・グーターターク・ツム・シュターベン〉オープン。――契約完了コントラクト


 その声に応じるように――、剣はその形を変える。


 甲虫が羽を広げるように、金属の表皮に無数のひび割れが入る。


 中からのぞくは、電子機械メカトロニクスの内臓。


 無数の光がひびの内側を走り、騎士の意を現実の世界に投影する。


「クソッ!」


 甲板の軋みにも似た不快な声で、悪魔は呪詛をもらした。


 焔の槍が伸び、銛を持つ腕を、圧倒的熱量で焼失させる。


「ガアアァァアアアァァァッ!!!」


 獣じみた悲鳴をあげ、悪魔はのたうち回った。


 この機を逃しては、騎士に勝ち目はない。


 ふらつく足を叱咤し、半ば倒れ込むように、手にした剣で悪魔の背を貫く。


 悪魔はしばし痙攣していたが、やがて沈黙。


 騎士もまた、極度の疲労によりしばし死線をさまよう。


 ――やがて、情のこもらぬ合成音が、寒々とした戦場に響いた。


『対象の走査スキャン完了。戦闘データ解析中。――フルコンプリート。蓄積情報が一定値に到達しました。対敵最適化を行いますか? YES/NO』


「い、イエス。イエスだ。急いでくれ。早く〈治癒〉スキルを使わないと、俺の命がもたん」


 意志を持たぬ剣相手に、軽口を言うだけの気力はまだ残っていた。


『最適化完了。おめでとう、聖剣マクシミリアンはレベルアップしました。蓄積情報の解析により、新たなスキルの実装を提案します。詳細を表示しますか?』


「いい、いい。すべてイエスだ。詳細は後でログを見る。それより、早く〈治癒〉を起動してくれ。そろそろ目が霞んできやがった」


 眼前が霞んでいたのは本当だった。


 剣は先ほどと同じようにひび割れ、内部を光が走る。


 やがて剣の先から発せられた暖かな光が、騎士の全身を柔らかく照らしていった。


「死ぬかと思ったぜ」


 ――この地にその異形が現れたのは、今から数百年前だという。


 他の生物種を取り込んではその生態を大きく変える『悪魔』たちに、騎士たちは当初〈十三聖剣〉及び、後代に開発された〈従属聖剣〉の蓄積情報を共有し、対抗。互角以上の戦いを繰り広げていた。


 だが、多次元的に折りたたまれ、惑星のコアと同化し存在していた超光速通信網の要〈カナンの碑〉を破壊され、通信技術は数万年ほど後退。


 超光速通信網による大容量データの瞬時転送に完全に依拠していた文明はろくな圧縮技術すら持たず、蓄積情報の共有は不可能となった。


 おかげで、騎士たち一人一人が、無限に進化し続ける『悪魔』と戦い、独自に戦闘情報を蓄積し、場当たり的に対応するしか手がなくなってしまった。


〈長老会〉は、いずれは“大断絶”以前のよりオリジナルに近い悪魔の情報を、今もなおその内に秘めている〈十三聖剣〉を〈約束の地〉に集め、悪魔たちに対する恒久的かつ最終的な対応手段を模索すると言っているが――


 果たして、そんなことが可能なのかどうか。


 第一、その〈十三聖剣〉も、半数近くが行方の知れぬ状態なのだ。


「まったく。厄介な相手だぜ」


 騎士の持つ聖剣マクシミリアンも、その〈十三聖剣〉の一つである。急逝した先代に託され、力不足、鍛錬不足を日々実感しながらも、騎士は悪魔との戦いに身を投じていた。


 この剣だけは、悪魔たちに奪われてはならない。


 自分を信じ、託してくれた、先代の面影を思い出しながら、騎士はその柄をひとなでした。


 と、その時――、


 遠方から飛来した銛が、騎士の頭蓋を粉砕した。


「厄介な相手、か。同感だな」


 戦場に甲板の軋みのような声が響いた。


「おぉい。生きてるか? 助けに来たぜ。ひどくやられたようだな」


「あ、あぁ。なんとかな。急所は外れてる」


「そいつぁ良かった。おっと、あんた、お手柄だな。こいつの獲物、どうやら〈十三聖剣〉の一つのようだぜ。これで、九本が俺たちの手に戻ったってわけだ」


「いや、あんたの手柄さ。あんたがいなきゃ、俺はあのまま死んでいただろうさ」


「遠慮すんなって。――しっかし、本当に気味が悪いな、騎士ってのは」


 一体目に肩を貸しながら、二体目は顔をしかめる。一体目が頷いた。


「あぁ。どうして足が二本しかねぇんだろうな。角のないつるんとした頭も不気味だし、そのくせ上半身は俺たちと近いから、よけいにおぞましい」


「何でも、目が二つもあるっつう一番の異常さを際立たせるために、あえて他の部分は俺たちをベースにシンプルにそぎ落として作ったらしいぜ。まったく、デザインしたやつの正気を疑うね」


「まったくだ。――この異形のモンスター、狂った自動人形である〈騎士〉が、自我をもって暴れ始めて数百年か。もとは遊興施設アトラクションの敵役だったようだが、その小道具だった〈十三聖剣〉が騎士にあんな力を与えちまうとはな。今じゃ自己複製を繰り返して、各地に数千万体もいやがるようだぜ」


「ひぇぇ。くわばら、くわばら。こいつらのおかげで、超光速通信網をはじめとする俺たちの文明の結晶を、いくつも放棄せざるをえなくなっちまったなんて、悪夢だぜ」


 そう言って、二体目の悪魔は地面に刺さった銛を引き抜いた。


「俺たちを『悪魔』なんて呼びやがるのも、設定通りなんだろうが、俺たちからすりゃお前らのほうが『悪魔』だぜ」


 二体目の言葉に、一体目は多少の憐れみをもって騎士の残骸を見下ろす。


 荒涼とした大地には、騎士の頭蓋内に収まっていたとおぼしき機械のパーツが、無残にも散らばっていた。


NEXT……020 - ID:Laplaceによる自己最終定義報告。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885461256

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