092 - 遺跡の発見と巨大人型機動兵器の起動
ひんやり冷たい風が頬を撫でて、白い息が顔を覆う。近所のしだれ桜は満開だが、まだまだ寒いと実感する。
早朝から行う散歩は、俺の日課だ。子供の頃から何万回と歩いたか分からない道を辿って、いつもの道を回る。街道は石で舗装されているが、森の中を抜けるこの道なんて、そんな立派なもんじゃない。登山道か、獣道か、小さすぎる道。
うっすらと灰青色に染まった空。そこからの微かな熱に溶かされ、泥濘んだ土に足を押し込んで、一歩一歩と進んで行く。
坂を登る。その動作だけに集中するうちに視界に入る目的地。山の頂上と思しき小高い丘を登ると、それこそが今来た道の終点であり、散歩の折り返し地点だ。
ここだけ木が生えていなくて、天然の広場のようになっている。昼間になれば村の子供たちが遊ぶ場所だ。かつて俺も遊んでいたところでもある。
とりあえず、いつも椅子の代わりに使っている倒木に尻を置いた。休憩の時間としよう。牛革を利用した水筒に口をつけ、肩を落とす。
俺がここを散歩の目的地にしているのには理由がある。ここには不思議なものがあるからだ。ほら、ちょうど目の前にあるそれだ。
これを見たいがために、毎日ここへ足を運ぶ。そして眺める。飽きることなどない。
その塊がいつからあったかなんて、今の僕たちには分からない。
ただ、目の前に横たわる巨大な胴体と四肢を見れば、それが我ら人間の形を模して作られた巨人であることは分かる。
そう、かつて文明を崩壊させた戦争の一因、巨大人型機動兵器——簡単に言えば巨大ロボット。
この兵器の秘密を知りたくて、十六歳から行われる拡張教育で旧時代兵器学の道へ進んだ。十八歳になった俺は、その教育過程も修了して研究員として働いている。
でも、今になっても俺たちは、この兵器について、この兵器が作られた文明について、この兵器が使われた戦争について完全な知識を持たない。
資料が少なすぎるのだ。古代の遺跡なんてその戦争の時に灰と化し、今では森を支える土だ。かつての文明は電子科学は発達していたそうだが、その文明の遺産である情報チップが発掘されても壊れているし、そもそもの問題として読み取れる機械自体が今は存在しない。
しかし、しかし……! 読者の諸君、驚いてくれ。見つかったのだ‼︎
疑いの声が聞こえてくる気がする。まあそう疑うなよ。本当だとも。そうでなきゃ散歩の回想なんて後世に残さないさ。まあ、もっとも君たちの時代の教科書には、この発見が記されているだろうがね。
そうだよ、見つかったんだ。この時代の状態の良い遺跡が……痕跡が!
じゃあちょっと聞いてくれるかい? ここに至る経緯、今から行う歴史的瞬間についてね。
それは地下施設の遺跡だった。そう、地下に建設される施設なんて政府か軍のものがほとんどだ。他国でもそうだ。
先日の土砂崩れに紛れて、その遺跡の入口が地表に現れた。その情報が入るや否や、俺たちのチームはすぐさまダイナマイトで入口を破壊して探索を始めた。
するとどうだったと思う? 室内は驚くほど綺麗だった。傷ひとつない白壁と明かり——発光ダイオードと呼ばれるそうだ——が灯された無数の廊下。
つまりは、旧文明の電子科学に基づいた自動清掃システムが作動し続けていたということ。中にあるものは、すべて何百年の時を超えて現存していた。「遺跡」と呼んでい良いのか、疑問が湧くほどだった。
そして、見つけてしまったのだ。『巨大人型機動兵器緊急対応マニュアル』と題された紙媒体の本、それに加えて軍人の磁気カードを。
俺はそれを携えてこの丘へやって来た。もちろん、目の前にある巨大人型機動兵器を起動するためだ。
とてもワクワクしている。人生で一番の高揚感を感じていると思う。
改めてこの機体を見てみると、草に阻まれていも色褪せない純白に圧倒される。鉄ではない素材、決して錆びてはいない。確かに今にでも動き出しそうだ。
休憩を終えて、ロボットの上部へとよじ登る。次いで、搭乗席があると言う胸に当たる部位へ足を運んだ。子供の頃、何度も駆け巡ったこの凹凸の中に搭乗席があったと思うと感慨深い。
確かにあった。その凹凸の下にドアハンドルがあった。すべて『巨大人型機動兵器緊急対応マニュアル』通り。
鍵がかかっているドアハンドルは引いても開かない。しかし、ドアハンドルを引いて現れる隠れた部分こそが鍵! そこには四角い溝があって、回収した軍人の磁気カードを差し込むことができる。
喉を震わせて吐き出される息に合わせて、カードを差し込んだ。
数秒後、沈黙を破ってピカーンという効果音が森の中をこだまする。それとともに顔に当たる部分、その目に当たる部分が緑色に光った。
これが起動成功ということか。思わず「おお……」と声が漏れ、感嘆する。
しかし、次に行うことも決まっている。これこそが本題だ。マニュアル通りの言葉を発せばいいはず。
「我らの騎士よ、コクピットを解放せよ。これは絶対命令である」
カチャ、解錠の音とともに動いていく凹凸——それこそが開いていくコクピットの蓋。
その中からは冷たい白煙が放出され、中は見えない。どういうことだ、と疑問を胸に煙が晴れるのを持った。
そして、そこに見えたものは、衝撃の事実としか言いようがない。
「なぜ、女……⁉︎」
思わず声を出してしまう。数百年前に行われた戦争の残骸から、生きている人間——パイロットが発見された。
しかも、パイロットは女性で……彼女は青髪で、少女という年頃に見えて、その寝顔がとても可憐だったのだ。
出典:サク・ヤマヤ(324)『巨大人型機動兵器発見時の手記』 新史発見社.
注記:巨大人型機動兵器研究者の第一人者だったサク・ヤマヤが新時代において、始めて巨大人型機動兵器を起動した十八歳の時に書かれたもの。死去三年後に発見されたものを編集して掲載した。
NEXT……093 - 修理屋の彼らのある日の仕事
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885531356
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