076 - 「納研・よくわかる世界の歴史⑪~『天秤崩し』の顛末~」

 善い事が起こる時というのはだいたいそれと同じくらいの悪い事が起きるのが世の常で、これを世界の均衡バランスを保つ一種の機構システムという者も在る。

 この世界でもそれは同様であるようで、最も顕著だったのは百年前に起きた出来事だろう。

 それはまず、「悪い事」から始まった。当時は人間同士で争うことも多少はあれ、どこか牧歌的な雰囲気の漂う平和な世であったという。人類は万物の霊長を恥ずかしげもなく吹聴し、それを咎めるものは誰も無かった。

 そこに現れたのが、昨今では迷宮怪モンスターの名で知られる化け物であった。当時の人類の文明レベルといえば、搔い摘めば地球で言うところの中世半ば鎌倉武士が太刀をぶん回して暴れまわっていたような時分である。この世界において、それは元寇ほど生易しいものではなかったことだろう元寇が生易しくない? それはその、うん……。まあともかく、当時の皆さんでは全く歯の立たない怪物が大挙して現れたわけだ。人類は泡を食ったし、実際人口は最盛期の1/3まで落ち込んだそうだから相当である。しかしこの世界にも神風は吹いた。


 ある里にサンジュロという男がいた。男は変わり者で、ひがな農作もせず思案に耽っては、騎士でもないのに夜な夜な密やかに体を鍛えぬいていたのでまさにインテリマッチョであった。当然のように村八分ムラハチされていた。

 まあ群衆というのは恐ろしいもので、それがムラともなれば大概である小規模で過密なコミュニティってヤバいよね。ムラの衆は徹底的にサンジュロを排斥し、彼自身もコミュ障だっ人間関係については色々諦めていたので為すが儘にムラを追われ、ついには山中のうろを住処とするようになった。

 折しもその頃の世界は迷宮怪モンスターの跳梁跋扈する暗黒時代の真っただ中。百鬼夜行が大手を振って真昼間の街道を練り歩くような有様だまさにコープスパーチー。これはひどい

 ムラの人間も、あれあの、アイツなどサンジュロ、その名を知るものは僅か……とっくにたんぱく質迷宮怪の奴らの腹の中だろうと口々に笑いあって、半年もせずに今日もいい天気だべそんな奴いたっけ、という有様である。人間って怖いね。


 さて、ところがどっこいサンジュロであるが、二年経っても実に元気に暮らしていたムラの衆の勘定をあっさりポイ


 もともと人付き合いが壊滅だったので日々の糧は山に分け入って夜の鍛錬のついでに恵みをお裾分けして頂いてたワケだし、やたらと独りに強いサバイバースキルが高い

 加えて何故かサンジュロの住処にした山は迷宮怪が少なく、また弱かったので貴重なたんぱく源となった。何故も何も知ってたからその山に住み着いたんだけどね。


 そんなわけで割と有意義な0円生活サバイバルを営んでいたサンジュロだったが、転機は唐突に訪れる。それは同時に、この世界に吹いた神風でもあった。


 ある日のことである。山裾でひと狩り弱っちい迷宮怪を数匹精肉していると、ぐらりと大きな揺れがサンジュロの山を揺るがした。地震である。すぐそばで地滑りを見たサンジュロは、住処を不安に思い飛ぶように洞へと駆けた血抜きもそこそこの肉塊はもちろん担いでだよ

 彼の住処は筆舌に尽くしがたい惨状であった。彼がDIYした手ずからこさえた家具は天井の崩落でことごとくダメになっており、彼の試案をまとめた木簡もまた岩の下。家具はともかく木簡だけでも取り出さねばと洞に足を踏み入れたサンジュロは、そこで何とも奇天烈なものを発見するお前より奇天烈ってなかなかないだろ?それがあったのである


 それは上半分が透明、下半分がドドメ色の真球洗ってみたらもともとは金色だった。ゴージャスに、にょっきりと手足の突き出した人型未満の何かなんなんだろうね?である。大きさは相当ガタイのデカいサンジュロが乗り込んで余りあるほど。


 ……そう。乗り込めるのであるロボットだね


 それは木ではなく、岩でもなく、金属のようで、でもやっぱ金属じゃねーな―という不思議な質感をしていたものだから、うっかりサンジュロが触った瞬間にぱっくり上半分が開いた。中には椅子が一脚とよくわからん棒が二本生えており、足元には馬の鐙のようなものが三つぶら下がっている。ついでに椅子には一人のむくろ

 きれいに白骨化したそれは成人男性のようだったが食いでは無さそうだったので丁重に埋葬された。南無阿弥陀仏この世界に仏教はないよ。念のため

 ひと仕事を終え、そこらの雑草やくそうを煎じたお茶もどきで一服し、やっぱ無理ってなったサンジュロは知的好奇心に負けた

 もともとインテリの気質があるサンジュロだ。こんなもの気にならないわけがない。乗り込むものであるというのはわかったので躊躇なく乗り込み椅子に腰かけると、勝手に上蓋が閉まって密閉された。おお、なんて感動しながら上蓋をそっと押し上げると簡単に開いたので一安心し、再び蓋を閉めて棒だとか鐙だとかを弄り倒すサンジュロ。どこをどう触ったのかはてんでわからないが、ふいに目の前に半透明の映像が投影されて少し驚く。

 映像の中では壮年の男がなにやら口をべらべらと高速回転させていたが、言葉が違ったので要約すると、この機体を過去に転送するけど間違って俺が死んだらこれ見つけたやつが迷宮怪をぶっ殺せ。すべて無駄に終わった説明書付けとくからあとヨロー^_^。といった内容である

 次いで再生された説明書についてはサンジュロの理解も及んだ。ピクトグラムは偉大である。説明書の通りに入力レバースロットルとかクラッチとかを動かすとその通りに機体が動いたのでサンジュロは子供のようにキャッキャした文献の記述まま


 さて、しかし件の骸は実は滅茶苦茶運がよかった。マジ神引き。まあほらタイムパラドックスとかあるもんね……未来は一つに収斂する

 とっても面白い玩具ロボットを発見したサンジェロは、アホみたいに変人奇妙奇天烈摩訶不思議だけどこの世界で有数の頭脳を持っていたからだ。彼は試験は赤点だけどクソ頭いいタイプの天才だった。ゆえにそれが戦闘兵器だということに彼は僅か三日でこの山一帯の迷宮怪をことごとく保存食にした頃に気がつき、世界を救うために面白全部で山を下ったのであった。


 彼が下山して目指したのは、古くから人も獣も近づかない穢れた地と呼ばれる一帯である。積年の鬱憤晴らしにムラの衆をまず皆殺しとかしなかった当たり彼はマジで人間に興味がなかったし、そもそもムラは半年前に迷宮怪の餌場になって地図から消えてた。ともかく、彼がそこを目的地に選んだのはいくつか理由があり、その中で最も大きな理由はその一帯の迷宮怪個体群密度クソ過密じゃね、というものだ。

 サンジュロの直感的統計は見事に的中。穢れた地こそが迷宮怪の巣、迷宮怪の名の所以たる迷宮ダンジョンであったのである。

 彼の学術的興味と即物的興味が合わさり最強の戦闘力で迷宮一層を制圧。最奥に捕らわれてた女神的なサムシングと末永く幸せに暮らしたそうなフォーリンラヴめでたしめでたし相手が女神なら人間じゃないんだ……!


 あ、ついでになんか女神が解放されたら迷宮怪がクッソ弱くなって、おまけに迷宮からやたらヤバいのが発掘されまくった俗にいうオーパーツやねので人類の文明レベルは一気に近世までっていうか近代発展しましたとさ。サンジュロが拾ったロボもめっちゃ量産されたよ!めでたしめでたしデッドコピーが世界中にばらまかれたよ!新たな火種だね!


 これが、後に「この天秤ぶっ壊れてんじゃねーの案件」バランスブレイカーと呼ばれることになる人類史に刻まれた一連の出来事「善い事」の顛末である。


NEXT……078 - 生命が滅びる前の話

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885526627

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