093 - 修理屋の彼らのある日の仕事

何の目的で作られたのか。何故今も動いているのか。今となっては、誰も知らない。

「人類を滅ぼすため」だとか「地球外生命体からこの星を守るため」だとか、勝手な憶測が人々の間を飛び交うことはあっても、真実は誰も知らないことは知られていた。

この地表の殆どが砂漠になった世界で、その巨大なロボットたちはただ歩き続けていた。


「おー!すごいですね、先生!!」

「ミレイ。はしゃぎすぎだよ」

右手を額に置いてミレイと呼ばれた少女は頭上を見上げた。砂よけのゴーグル越しでもわかるほど目が見開かれている。

灰色の空に届きそうなほどの大きな機械は太陽を隠し、足元にいるミレイたちを影ですっぽりと覆い隠している。歩き続けるはずのそれが動く気配はない。

「毎度のことながら大きすぎて首を痛めちゃいそうですねぇ」

「じゃあ見上げるのをやめたらいいじゃないか」

「何言ってるんですか先生!こんな素晴らしいものを見ないなんて、修理屋の名が廃りますよ」

「…ソウダネ」

今まで何度も見てきただろう、という言葉は先生の喉に押し込まれた。それこそ嫌になる程見てきた自分とは違い、ミレイはまだ経験が少ないから興味が尽きないのだろう。

それに巨大なロボットを見つめる弟子の淡褐色の瞳がキラキラと輝く様子は、嫌いではない。

先生が咳払いを1つした。

「さてミレイ君。このロボットを見てわかることは?」

「XXXX年製造のMYG-BAです。ちょうど私たちがいる右足の付け根にある偵察機格納庫が特徴です。現在、歩行を停止していることから、プログラム又は機構の異常が考えられます。…どちらかはまだ」

見上げた視線を下げずに、スラスラと答えていた勢いが弱まる。悔しそうに下を向いた弟子を見て先生は目を細めた。

「まあ及第点かな。よくできたね。補足をすると、プログラムの異常だ。MYG-BAは基本プログラムと別に行動のみのプログラムがあるのだけど」

「なるほど。でしたら私たちが修理するのは行動のみのプログラムですね」

真面目な表情で頷くミレイの口元は少しだけ緩んでいる。気が緩んでるのではなく、これから起こることに心底ワクワクしているような。

「プログラムなら君の得意分野だね。今回は一人でやってみる?」

「え!?いいんですか?」

弾かれたようにあげられたミレイの顔にあるのは紛れもなく期待で、それに先生はふふっと笑った。分かりやすい。

「いいよ。期待、してるね?」

「はい!!私だって未来の天才修理師、先生だって超える存在ですから。お任せください!」

「頼もしいな。じゃあ行こうか」

先生はロボットの右足の甲—と言ってもゆうに彼らの背丈は超えるのだが—を指差した。

隠されるようにある銀色の扉を見て、ミレイの喉が上下する。

一歩踏み出した彼女の1つに結んだ茶髪がさらりと揺れた。



お手製の電子マスターキーでロックを解除したミレイはドアを開けた。ギイと音とともに涼しい空気が肌を撫でた。砂を巻き上げる乾いた風がロボット内に入らぬよう、慌てて中に入るとそっと息をつく。ゴーグルを外したタイミングで真っ暗だった内部が明るくなった。

「自動的に…。やっぱり異常があるのは歩行機能だけですね」

一刻も早く治してあげないと。彼女の思考はそれに占められている。

足を前に踏み出しても、埃は舞わない。清掃機能も正常。空気も澄んでいて、ようやく人心地ついた気持ちになる。

エレベーターに乗り制御室へ向かう道すがら、ミレイは気持ちを引き締めるためにパチンと両頬を叩いた。



修理屋は名前通り修理することが生業なんだ。

砂ばかりになった世界で歩き続けるロボットは、いざという時のシェルター。いざという時に人々が乗り込む巨大な町。誰が作ったのか、それは分からない。しかし、それを治すものはいる。それが修理屋だ。僕はその最後の一人だよ。後継者が欲しいから、君がそうなら嬉しいのだけれど。



いつかに先生が言った言葉を思い出した。これらは私たちのノアの箱舟。半人前の修理屋でも全力を尽くすのみ。

ただ治すことだけを考えてキーを叩き続ける。見つかったバグは早々に治してしまえるもので、そのことにミレイはホッとする。

機械音だけが響く静寂も、タンッと最後にキーが押され終了する。ミレイは大きく伸びをした。

「終わったぁー」

なんとか一人でやり切れた。そのことに安堵し、立ち上がる。

グラリ。

視界が揺らいだ。

「え」

「ミレイ君!」

咄嗟のことに反応ができない。足元から伝わる振動に倒れながらミレイはパニックになっていた。

(なんで。なんでなんで。どうして。私、まさかミスを—?)

悪い考えが止まらない。

やけにゆっくりと動く視界に白色の床が入り込む。それは次第に近づいていき、衝撃を覚悟したミレイはぎゅっと目を瞑った。


(…あ、れ)


いつまでも来ない衝撃にそっと目を開けると先生がミレイを抱きとめていた。脂汗を額に浮かべ彼は深く息を吐く。

「びっくりしたよ。まさか君が何の行動も起こさずに倒れて行くとは思わなかった」

「先生…私」

「大丈夫。プログラムが作動して動き出しただけ。ほら、今は振動もないでしょう?」

言われてミレイはようやく先ほどの振動が収まっていることに気がつく。

「よかった…」

安心すれば他のことにも気がつく。

「あっありがとうございました!!」

慌てて先生の腕から離れる。羞恥で赤くなった頬を手で扇ぎ冷ます。

先生の特徴的な赤紫の瞳さえもはっきりと見えるほどの近さは心臓に悪い。

「君の手腕は見事だったよ。もう独り立ちしてもいいぐらい」

「本当ですか!?…あ、いえ、まだ独り立ちには早いです」

「おやどうして?」

殊勝な態度はいささか不似合いに感じる。

「私、さっき一瞬パニックになったんです。終わってすぐ気が緩んだからですね。だから、まだまだです」

真っ直ぐに先生を見つめて話すミレイから感じ取れるのは、悔しさと意気込みだ。

「そっか。頑張らなきゃね」

「先生も私に追い抜かされるために、頑張って私に教えてくださいね」

「そうだね。師匠は弟子に倒されるためにいるから」

数秒の沈黙の後、二人は吹き出した。


ただただ歩く巨大ロボット。それらが何のためにあるのか、彼ら師弟以外は今はだれも知らない。


NEXT……094 - うっちゃれ! リキシオン

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885531373

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