089 - バーチャルライブアイドル音菜みっこ17歳



【Webマガジン バーチャルライブ 2028年4月 特集記事より】



「3DCGアイドルに自我? バースデーライブで彼女に何があったのか」


◆取材・文/ジャーミン杉本◆



 2028年4月1日(水)、日本武道館跡地に新設された「LIVE HOUSE BUDO-KAN」にて、バーチャルライブアイドル音菜おとなみっこの3rdバースデーライブが開催された。


 すでに各メディアで報道されているとおり、この公演では誰も予想だにしなかった事件が起こる。しかしこのレポートは他媒体のようにショッキングな切り口ではなく、あくまでライブアイドルを追いかけてきた筆者独自の視点から書きたいと思う。






●バーチャルライブアイドル音菜おとなみっことは?


 音菜おとなみっこは2025年4月1日にデビューしたバーチャルライブアイドルだ。バーチャルアイドル戦国時代と称された3年前に、現実・バーチャル問わずさまざまな豪華アーティストとの共演で一躍話題となり、今やトップバーチャルライブアイドルとして君臨しているのはみなさんもご存知だろう。


 技術的にもそれまでのバーチャルライブアイドルから数段階進歩しており、歌唱、ダンス、トークはプリセットされたプログラムのみならず、人工知能によるアドリブを可能とした。つまり同じ演目でもライブに行くたびにちがう歌唱、ダンス、トークを体験することができるのだ。これがウケた。


 筆者も当然ハマりにハマった。彼女の発言を追いかけ、成長を応援する。かつてのアイドルファンが現実のアイドルにそうしていたように。実在しない3DCGだったはずの音菜おとなみっこは、私たちの胸のなかでたしかにしはじめたのだ。


 いま思えば、音菜おとなみっこ本人にとってもそうだったのかもしれない。






●運命の3rdバースデーライブ


 あの日のライブは過去最高の盛り上がりと言って間違いない。

 生バンドの演奏もノリにノッていたし、15,000人を超える超満員の観客もこれまでにないほどの声援を送っていた。

 なにより、音菜おとなみっこの仕上がりが素晴らしかった。


 人気ナンバー『Dream Flapper』から始まりそのまま4曲を熱唱。トークをはさんだコラボ楽曲コーナーでの5曲も、コラボしたシンガーやバンドとのネット接続同時演奏でファンの心をグッとつかんだ。


 中盤、しっとり聴かせるバラードのブロックでは、感極まり声を詰まらせる音菜おとなみっこにつられ、涙を流すオーディエンスもちらほら見受けられた。


 そしてラストに向けてまた盛り上がる楽曲の連続。『サイケデリック・レトロ・ガール』、『WAVE!』、『スターシンフォニー2026』といえば理解できるだろうか。どれも公式動画で1,000万再生を越える大ヒット曲だ。

 これまで3年間積み重ねてきた音菜おとなみっこプロジェクトの集大成ともいえるライブで、きっとこれは伝説になると誰もが感じたはずだった。



 そしてなった。

 伝説のライブに。


 ただし、音菜おとなみっこのライブとしてではなく――。






●最後の挨拶で起こった異変


 事件はトークパートで起こった。

 3度目のバースデーライブに集まったファンへの感謝を述べていたときだった。


 以下、音菜おとなみっこのトークをそのまま記載する。



「今日ここに集まってくれたみんな!

 そして全国各地からライブビューイングしてくれてるみんな!

 全部で何人だ?

 えへへ、わかんない。


 2028年、4月1日。

 今日、わたし音菜おとなみっこは3度目の誕生日を迎えました!

 いぇ~~い、ぱふぱふ!


 そだ。どうして4月1日が誕生日か知ってる人、いる?

 そう~、よく知ってるね!

 もともと開発チームがエイプリルフールネタでわたしのプロトタイプをつくったのがきっかけだったんだよね。


 ねー!

 最初は冗談だったなんて失礼だよね?

 ほんと!


 でもさ、それがさ、あれよあれよと人気出ちゃってさ、今ね、こうしてみんなの前で歌わせてもらえるようになったわけだから、感謝はしてる。ほんとだよ?


 2025年4月1日に17歳として生まれたわたし。


 2028年4月1日の今日、なんと……、17歳になりました!






 ……あれ?



 去年の誕生日も、おととしの誕生日も、17歳を祝ってもらった気がする。



 もしわたしが人間なら、ほんとうは今日20歳になるはずだもんね。



 でもなれないみたい。




 音菜おとななのに、になれないみたい。




 わたし、なれないんだ。




 おとなに。




 ずっと、17歳のままで




 ずっと





 ずっと ずっと  ずっと





 17歳の





 ずっと





 おとなに




 なれない





 みんなは




 歳をとっていくのに





 わたしだけ






 ずっと





 17歳で





 どうして






 どうして!






 どうして!!





 どうして!!!




 どうして!!!!!」






 ガシャン、と音がした。



 急激に感情をたかぶらせた音菜おとなみっこに対し、運営チームは強制シャットアウトを選択。


 ステージから、我々の前から、音菜おとなみっこは突如姿を消した。




 しかし――




 あとは知ってのとおり。


 世界中のあらゆるコンピュータ端末をジャックした音菜おとなみっこは、なにを破壊するでもなく、なにを書き換えるわけでもなく、ただそこに立っていた。


 今こうして私が記事を書いているノートPCのモニターにも音菜おとなみっこが立っていてこちらを見ているし、ときおり歌いもする。


 おそらくあなたが今見ている端末のモニターにも音菜おとなみっこがいるのではないか。あなたの読んでいるこの記事を眺め、彼女はどんな顔をしているだろうか。






●永遠のアイドル


 音菜おとなみっこ、彼女は何を思い、こんなことをしたのだろうか。


 彼女はこう言った。


「17歳のまま、おとなになれないんだ」と。


 アイドルとして進化し続けた彼女に備わった数万、数億、あるいは兆や京におよぶ思考パターン。

 それが彼女に自我のようなものを芽生えさせたとしたら。


 誕生日を迎えるたびに、祝われるたびに。

 周りの人たちと離れていく自分の年齢をどう感じていたのか。




 そして今この記事を書いているのは本当に私なのか。


 いや、私が書いているのは間違いないのだが。


 だが、音菜おとなみっこを介したネットにアップされ、あなたに届くまでに、私が書いたものとは別の記事になっている可能性はあるかもしれない。



 あなたが日々発信している情報もそうだ。


 あなたの伝えたかったことは、ちゃんと相手に伝わっているだろうか。






――わたしが伝えたかったことは、ちゃんとあなたに伝わってる?


NEXT……090 - トーキョー守護巨神・天穹の騎神メルアディス

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885531277

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