162 - 英雄の寄生虫《パラサイト》

 時たま、戦場には英雄ヒーローという変異種が生まれる。

 誰かに望まれたわけでもなく、自身が望んでいたわけでもなく。ただ在るがままに戦う内に、彼らは俺達とは違う――隔絶された存在と化していく。


 だが、人が彼らの胸中を知ることはない。喧伝されるのは、彼らが打ち立てた偉大過ぎる戦果だけ。単なる尾ひれ・・・が殆どの憶測だけが飛び交い、民衆も無知な兵も、勝手に彼らを美化して語り継ぐ。

 それがいかに浅ましいことか。当事者の側にさえいなければ、俺でさえ気づくことはなかっただろう。


『マグナンティ隊員、発進準備はよろしいですか?』

「良くなかったらスマホつついてエロ画像漁ってるわけねぇだろ。さっさと始めろ」


 コクピットの中でスマホを弄りつつ、相手の出撃準備を待つこと数分。ようやく向こうの支度が終わったらしく、遥か遠方に土埃が伺えた。

 たかがお遊びの模擬戦で、随分と気合の入った初動を見せるじゃないか。……まぁ、着地の勢いで敵に土埃を見せるなんて、普通にバカのやることなんだがな。


 俺はスマホを懐に仕舞うと、操縦桿を握り乗機をゆっくりと降下させる。輸送機から離れた翡翠色エメラルドの人型兵器――俺の「勇撃機兵」は、背部のブースターを噴かせて減速しつつ、背の高い岩山に隠れながら砂塵の大地に着地した。


 外宇宙の技術を用いて生み出された、特殊合金製の手足が空を蹴り、金属製の身体の各部が擦れ合う。内蔵エンジンは戦いの始まりを告げ、激しく回転し――俺の乗機の起動音が、咆哮のように上がった。

 鋼鉄の身体は陽射しを浴びると、鈍い輝きを放つ。俺はそれを隠す為に、光沢が出ない特殊シールドで頭上を隠しながら降下していた。


 ブースターから噴き出す蒼い炎は、砂漠の地を容赦なく荒らし、土埃を舞い挙げて行く。だが、この高さの岩山ならそれを隠すことも不可能じゃない。


 減速しつつ、こうやって高い遮蔽物のある場所に着地すれば、相手方の視界からこっちが出す土埃を隠すことが出来る。それは士官学校でも教わってるはずなんだが、どうやら相手の坊やはそんなことも忘れているらしい。


 ――いや。分かっていて無視しているのだ。坊やが目指す「英雄」が、そうしていたから。

 だが、それは誤りだ。あいつ・・・は確かに、わざと土埃を上げて自分の位置を敵に教えていたが――それは護衛対象を土埃で隠しつつ、自身を囮に使うための「陽動」でしかない。単なるサシの勝負でそんなことをするバカなんざ、新兵でもいない。


 英雄願望って奴は、どうやら新兵の基礎すらも狂わせるらしい。全く、あいつ・・・も面倒なことしやがるぜ。


 とにかくこれ以上、茶番に付き合ってはいられない。こちとら良いオカズを見つけたばかりだというのに、お預けにされてムラムラしてるんだ。

 俺は土埃を立てないよう、敢えてブースターを使わず――勇撃機兵の脚で砂漠の地上を踏破していく。疲れ知らずのエンジンに急かされるように、2本の鉄塊が砂の大地を踏み付け、大きな跡を残して行った。


 速度は犠牲になるが、その分気づかれにくい。より外しにくい間合いまで、一気に近づけるのだ。俺は側頭部に引っ込んでいた照準器サイトを顔の前に引き出して、坊やの紅い機体に中心点を合わせる。


『……っ!? ちっ!』


 だが、さすがにこのまま黙ってやられるタマではなかったらしい。相手の坊やはギリギリで俺の位置に気づくと、咄嗟にブースターを噴かせて後退し始める。右腕部に装備されたレーザーカノンの連射で、牽制しながら。

 俺は操縦桿を下方に倒し、軋む機体を低く屈ませてそれを回避する。頭上を赤い熱線が通過し、後方の岩山を吹き飛ばして行った。咄嗟に避けるには少々骨が折れる位置だったらしく、翡翠色の右肩部には僅かな焼け跡が残っている。

 一方――坊やは今の立ち回りでかなり動転したらしく、焦りを露わにした声色で俺を煽っていた。


『――ハン、小賢しい! そんな手でしか戦えないから、あなたはいつまでも「寄生虫パラサイト」なんだ!』

「……」


 「寄生虫パラサイト」。それが戦時中、俺に付けられた渾名だった。

 かつて「英雄」の僚機として行動し、彼の傍にいた恩恵で戦果を挙げただけの腰巾着。俺の功績を妬む連中は、口を揃えて俺をそう呼ぶ。

 別に、それは構わない。ある意味では事実だろう。あいつ・・・に救われた回数は一度や二度じゃないし、そう言われるくらいには腰巾着をやっていた自覚もある。


 だが、それでも。俺はあいつ・・・について行くために、より確実に生き残る術を学び続けてきた。その結果染み付いた戦い方が、今だ。

 ――そうまでしなきゃ、置いてかれちまうような次元にいるのが。皆が手放しで持て囃す、「英雄」って生き物なんだ。


 今にして思えば、それを知らしめるために……俺はこの模擬戦を引き受けたのかもな。あいつ・・・のような「英雄」になると宣う、世間知らずのガキ共を黙らせる為に。


「……のぼせてんじゃねぇぞ」


 俺はレーザーカノンの照準を下方修正し、赤い熱線を坊やの足元に撃ち込む。刹那、坊やの眼前に俺が立てた土埃が降りかかって来た。


『なッ!?』


 ブースターを噴かしたばかりで、まだ低空を飛んでいた坊やは、目の前を覆う目眩しジャマーに意表を突かれていた。

 その隙に、俺は操縦桿を斜めに倒し機体を弧を描くように右前方へ滑らせて行く。Gが肩口からのし掛かり、コクピットに映る視界も斜面のように見えていく。


 だが、それも長くは続かない。あと1秒も経たない内に、俺は坊やの背後を取っている。それは、思い出したくもない長年の経験が教えていた。


 宇宙から侵略者との、最後の戦争が終わってから5年。自分を倒して「英雄あいつ」に近づこうとイキる新兵達に、こうして散々付き合わされ続けてきたのだ。いい加減慣れた。

 ……俺はアイドルへのお近付きを止めるマネージャーじゃねぇんだぞ。


『あっ――!』


「――チェックメイトだ、ガキが」


 やがて、鋼鉄の影が坊やの紅い機体を覆い尽くし――レーザーカノンの黒い銃口が、その背部と衝突する。若造が声を上げるよりも早く、決着は付いていた。

 これで、新兵相手の模擬戦は280戦目。全く、いつまで続くんだか。


 ――まぁ、一番悪いのは戦後にマスコミの前で、


『彼は、最高の僚機パートナーです』


 などとホザいた、あの「英雄バカ」なんだけどな。


NEXT……163 - ロボット職人の朝は早い

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885603969

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