161 - やせいの ロボットが あらわれた !▼

 抜けるような青空のもと、一台のエアロ・トレーラー反重力ホバー駆動する大型トラックが荒野の一本道を心持ちゆっくりと進んでいる。


長閑のどかだねえ」


 牽引車の屋根にブルーシートを広げて寝そべる男が、上機嫌に呟いた。青空のずっと遠くには、飛竜がゆったりと弧を描いて飛んでいた。非常に画になる風景だ。男が画家であれば、すぐに絵筆をとったことだろう。


「結構なことですが、シド、屋根から降りていただけませんか。運転する私の身にもなってください」


 能天気さを遺憾なく発揮させる男、シドに対して苦言を呈したのは、このトレーラーの運転を預かるナビゲートAIのミソラである。彼女はシドの眼前にウィンドウを投影して、精一杯の膨れっ面を披露した。


「ミソラは俺を振り落とすようなヘマをしないだろ? それに見ろ、絶好のドライブ日和だ。風を感じたくなっても仕方がないのさ」


 全く反省の色を見せないシドに、ミソラは器用にもため息をついてみせた。空は宇宙を見渡せるのではと錯覚するほどに高く青く、吹く風は初夏の匂いを含んだ清々しいそれ。周りは荒野、見渡す限り彼らの歩みを阻むものはなく、静粛な反重力エンジンの駆動音と風の音だけが微かに響く。

 それは確かに、絶好のドライブ日和であった。


 そして同時に、それは格好の奇襲日和でもあったのだ。


 チラリと天空に光が見える。太陽ではない。それはシドの直上でトレーラーの反重力バリアに散らされて消えたが、明らかな攻撃であった。


「車体よりも人間を狙ったか、賢いな」


 シドはニヤリと笑った。


「機種の特定はできてるな?」

「ミシマ重工のYB1N型ワイヴァーンですね。特異個体色違いです」


 打って響くとはまさにこのことで、シドの問いかけにミソラが有したのは1秒にも満たぬ間である。


色違いACEか。実に欲しい」


 シドは口端を吊上げた。今から育てれば、次は無理でもその次のランク戦には間に合うだろう。彼の脳内で、瞬時にスケジュールが組み上げられていく。


「ウチのチーム、万年航空戦力不足ですもんね」


 それを皮算用にしないのも、このミソラのサポートあってこそのものだ。


「ファルクラムを出す」

「ファルクラム、準備完了してます」


 阿吽の呼吸である。シドの背後でコンテナの1番VLS垂直発進用ハッチが開き、せり上がってきたのは有翼の青い巨人であった。


「待ちくたびれたぜ、大将」


 ファルクラムは喜色満面を声音で表現するかの如き弾んだ声を出した。シドは振り返り、その精悍なマスクを見上げる。


「お前の後輩予定だ。殺すなよ」


「ガッテン!」


 たったそれだけの指示で十分だった。ファルクラムがその背の翼を大きく弛め、一気に飛ぶ。風が渦巻き、シドは自慢の帽子をおさえた。


「ナノボール・ランチャーを起動しておけ。モタモタしてるヒマはないぞ」

「もうやってます」

「上等ォ」


 シドはヒラリと牽引車内に飛び込む。内部はさながらCICの様相で、ファルクラムとワイヴァーンの戦闘がモニタに映し出されていた。

 ワイヴァーンの主兵装はさきほどシドを狙った高密度レーザー砲である。対地のみならず、対空にも効果的だ。ファルクラム相手に乱射していることからもそれは窺える。

 ファルクラムは雨のように降り注ぐレーザーに身を晒すも、全て紙一重で回避しており損傷はない。踏んだ場数レベルが違うんだよ。シドとファルクラムはほとんど同時に同じ思いを抱いた。ファルクラムはシドが初めて仲間にしたメカトルメカトロ・トルーパーである。伊達に長年パートナーをやっているわけではないのだ。

 レーザー攻撃が効果を発揮しないことに業を煮やしたか、ワイヴァーンは高速移動で撹乱しながらその翼にレーザー刃を発振させる。近接戦に持ち込もうというのか。しかし、それは対ファルクラム戦において悪手である。ファルクラムは掌からビーム剣を伸ばした。至近インレンジこそ、彼の最も得意とする距離である。

 一瞬の交差、翼られて地に落ちたのはワイヴァーンであった。


「あのバカ、壊しすぎだ」


 シドは牽引車内でため息をついた。ナノ・マシーンの集合体であるメカトルは、放っておけば勝手に傷が修復されるとはいえ、欠損部分が多ければ修復にも時間がかかる。あまり大きく修復がずれ込めば、ランク戦までの準備期間を十分取れなくなり不利である。


「ファルクラム、せめて翼は拾っておけよ。ナノボールを撃つ。斜線上から退避しろ」


「へへっ、すまねえ。いっちょジャンク屋ひろって来るわ」


 意識を失い荒野に横たわるワイヴァーンをアンカーロープで縫いとめて、ファルクラムは翼を拾いに飛び立つ。それを見届けて、シドはナノボール・ランチャーのトリガーを引いた。

 ぽんっといういささか間抜けな音とともに射出されたのは、直径が20センチ程の紅白に塗装された球体である。球体ナノボールは狙い過たずにワイヴァーンに接触すると、毒々しい赤色の光を放った。ナノ・ヴィールス・レイである。これは強攻勢ウイルスを付加したナノマシンであり、野生メカトルの頭脳から暴走部分を消去し人間への従属意識を植え付ける、メカトルにとっては悪夢のような存在だ。


「ワイヴァーン、侵食率80%、85%、90%……100%。捕獲成功です!」


 作業の進捗をモニタしていたミソラが、ウインドウの中で親指を立てたサムズアップ。シドもまた、ガッツポーズで快哉を叫んだ。


「よぉし! ワイヴァーン、捕獲成功ゲットだぜ!」



 翼を拾ってきたファルクラムに気を失ったままのワイヴァーンをコンテナに格納するのを手伝ってもらい、シド一行を乗せたエアロ・トレーラーは再び荒野を走り出した。目指すは次の町の研究所ラボだ。


「しかしあのワイヴァーン、ナノマシン複製体じゃなくて工場生産型とは驚きだ」

「どこかこの近辺でミシマの自動工場が稼動しているんでしょうか?」


 合成高たんぱくコーヒーを啜りながらハンドルを握るシドに、ミソラが問いかける。かもな、とシドは短く応えた。体がナノマシンで構成されているメカトルは、性能が一段落ちるもののある程度の大きさの破片から複製増殖する。旧大戦から久しく、おおかたの工場が停止した現在、野生化しているメカトルのほとんどがそれだ。


「とりあえず、組合ギルド報告レポートだけは入れておこう。場合によっちゃ、次のランク戦はなくなるかもしれん」


 迫る波乱の予感に、シドは年甲斐もなく胸が躍るのを感じていた。


NEXT……162 - 英雄の寄生虫パラサイト

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885603962

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