102 - 七つ少女は微笑んで
廃墟群に轟音が響く。
人型機動兵器通称「械兵」
10mは越えるであろう5機の鉄の巨人が廃墟群の中を移動していたためだ。
獅子を象った重厚な鎧を纏った旧世代の騎士のようなそれは、周囲を押しつぶすような威容を放っていた。
ーーしかし。
機兵を駈るパイロット、その中で【現在】指揮権を持つルクス少尉は機体の動きとは裏腹に焦っていた。
「どうなってやがるっ ーー誰か応答しろ!」
少尉の機体を含め周辺に5機。
聞こえるのは通信特有のノイズ音のみ。
「……少尉、残念ですが残っているのは我々だけのようです」
沈黙に耐えかねたのか、周辺の1機ーーパイロットの中で一番年若い兵長が答える。
「巫山戯るなーー我が帝国【次次】世代試作機、レーヴェだぞ! それが、20機も! ……よりにもよって案山子風情に遅れを取るなどっ」
少尉の憤怒にまみれた声はーーしかし、その直後にコクピットを揺らす衝撃に打ち消されたのだった。
「どうだ、ナナ。奴さんの様子は」
しゃがれ気味の声がコクピットに響く。
「ーー敵機5機、内、2機装甲接合部破損、1機脚部損傷、2機損傷無し」
戦場に場違いな澄んだ幼い声が答える。
「まあ、こんだけ距離が離れてりゃあ仕方ないか」
答える声は何処か楽しげだった。
声の主である、壮年の男ドリトンに対し、先程の答えの主ーーウシャンカを被った少女、ナナは何処か納得がいかないようだった。
「よく言う。ーー射程圏外なのに」
「なぁに、威力的にはまだまだ遠くからでも狙撃できるだろ? 俺は無理だが」
「……ドリトンは十分規格外、私の肉声だけで此処まで正確に応えてくれるのは貴方位」
ぱたぱたと、不平を表すようにファーの付いたコートの袖でドリトンを叩く。
2人乗用のコクピットとは言え、旧型故非常に狭いのだ。
目が【もっと誇っても良いのに】と訴えていた。
なお、前を向くドリトンがナナの表情を把握出来るのは、急ごしらえで目の前に付けた車のバックミラーのおかげだった。
「さて、弾も打ち尽くしたし、接近戦と行くかね」
「大丈夫?」
「ああ、頼むぜ、相棒!」
ドリトンの言葉にナナは力強く頷いた。
「ちくしょう、どうなってやがる!」
ルクスは手を握り締めながら叫ぶ。
感覚共有で動かし、振り回した両手剣は、けれど目の前の案山子には当たらない。
ゆらりとよろめくように、けれど的確にルクスの剣戟を交わしていく。
先程降って湧いたように現れた案山子は既に2機の僚機を屠っていた。
案山子(スケアクロウ)の名が示すとおり、細身かつ最低限の装甲しか持たないそれは、一見すると細長い手足を持った出来の悪い人形のようにしか見えなかった。
実際そのはずである。
7つ世代がある中でも3世代型ーーつまりは、ポンコツも良いところなのだ。
高速駆動を主軸として設計されたその機体は、けれど機動性と引き換えに他の性能は同世代を下回っている。
得意の俊敏性にした所で、重装型のレーヴェと殆ど変わらない。
ルクスの虚勢をあざ笑うかのように単一のモノアイが不気味な赤色の輝いていた。
「このやろう!」
一撃で案山子を鉄くずに変えるはずの剣戟は、けれどたやすく捌かれーー逆に剣を向けられる。
「ーーっ、舐めるな!」
ルクスは多少の損傷覚悟でーー敢えてぶつかるように前進する。
急な駆動に機体が軋むが、無視する。
質量的に向こうの損害は免れない。
案山子は横に避けてーー同時に瞬時に地に伏せる。
直後案山子の居た場所にーー背後から、ルクスの僚機の援護射撃が、虚しく宙を切る。
「……何故だ」
ルクスは歯噛みする。
先程から何度か同じ状況で回避をされていた。
しかし、ルクスには理解できない。
何故ーー
「ろくなセンサーが無い癖に察知できるのか、と思ってそうですね」
ナナは呟く。
「……舐めないで下さい、例え計器が無くとも、ナナが全て観測してみせます」
それは、一種の矜持のようなものだった。
ナナーーとドリトンが呼んでくれる自分は本来【観測専用機】。
人型戦術観測装置NO7ーー最新鋭の7世代型大型戦術戦艦等であっても、各小火器管制及び周辺の観測を行える自分が械兵のオペレーションをこなせない訳が無い。
ーーとは言え。
それは、自分のセンサーにつなげて使う伝達装置があっての話。
現在のナナはスタンドアロン。
伝達装置は音声生成器のみ。
しかも、伝達相手は高速処理してくれる戦術AIではなく、生身の人間。
でもーー。
ナナは右手を動かし、ドリトン前面の【ミラーに写す】
それだけで、機体は旋回し、モノアイの視覚外の剣戟を回避する。
ドリトンと二人で決めたオリジナルのジェスチャー。
知覚センサーでは気づけないほどラグの無い応答。
それだけで、ナナは笑顔になる。
嬉しくなる。
私とドリトンは一心一体だ。
案山子の操縦桿は未だに手動式のマニュアル操作。
目の前の帝国機機体、恐らく最新世代型のようなーー知覚リンクシステムだって搭載していない。
モノアイは微妙に歪んだカラー画像を送ってくるし、聴覚センサーはノイズだらけ。
けれど、私が居る。
だから、この機体は最強だ。
動く機体が案山子だけになるのはすぐだった。
「それにしても、帝国さんも、奮発するねぇ」
夜、廃墟群から遠く離れたの平野で野宿をしながらドリトンが、ぼやく。
「まあ、私が居るから」
焚き火の燃料を放りこみながら、ナナは自分の頭を叩く。
大型戦艦の管制を【一人】で行うことが出来る性能の自動人形なんて、多分ナナしか居ない。
「私って何者なのかな」
目覚めた時には記憶が無く、なんだかんだと拾われた国の戦艦の管制をしてあげているうちに、狙われるようになって。
ーー色々あって一人になって……ドリトンに救われて。
「ナナはナナだ。俺の大事な相棒さ」
ドリトンはそう言って、いつものように頭を撫でてくれる。
それが嬉しくて、ナナはまあ、いっかといつものようにはにかんだ。
それは、一人の傭兵と機械人形の少女の旅のお話。
めぐりめく陰謀も、悪意渦巻く世界も何もかも、二人仲良く笑って吹き飛ばす、そんな冒険譚である。
おしまい。
NEXT……103 - 鏖殺魔神
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885532385
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