079 - ぜんまいじかけの遺産
葬儀を終えて自宅に戻る。
参列者の対応に一日追われていたせいか、疲労が重く肩にのし掛かる。
父が悪かった肝臓と一緒に灰になったその翌日には、いつも通り会社にいるなんて、嘘みたいだ。だが今日中に必ず、社内コンペに提出する新商品案の企画書を仕上げなければ。
と言っても、あまりいい案は浮かばないのだが。
まぶたが重い……。
——不思議な夢を見た。
夢の中で、私はほんの幼い子供の姿だった。
薄暗く高い天井。乱雑に積み上げられた古いプラモデルの箱。壁一面の本棚。
ああ、この景色は覚えている。
父の書斎だ。今は物置と化していて、長らく立ち入っていない趣味部屋。
私はいつのまにか、小さなねじ巻きを手に持っていた。
思い出した。このねじは、小鳥の形をしたブリキの
きょろきょろと周りを見渡すと、低い目線の先、机の上に小鳥が鎮座しているのが目に入った。
子供の私の手のひらにも収まるそれは、南国の鳥でも模しているのか、センスが良いとは言い難い極彩色の塗装がされていた。背中のところに穴が空いていて、ねじ巻きを挿す。巻き上げて置くと短い脚を動かして歩く。だがせいぜい十歩も歩けばいい方で、だんだん歩みがおぼつかなくなって止まる。ただそれだけの、単純なぜんまい式玩具である。
私は小さな手でキリキリとねじを数回巻くと、小鳥をそっと父の机の上に置いた。
よちよちと、それは歩き出す——はずだった。が。
鳥の頭が後方にがくんと落ちると内部からひとまわり小さな人型の頭部が飛び出した。
小さな羽も、短い足も段階を踏んで伸び、関節が現れた。腕や脚の装甲はブリキではあるものの、内蔵されていたパーツはプラスチック製で、すらりとしたデザインに上質なパールホワイトのメッキが施されている。
私が唖然としていたほんの数秒の間の出来事だった。
ブリキの小鳥は、丁度小型プラモデルほどの大きさの、人型ロボットへと転じていた。
ロボは指の一本一本を順番に滑らかに動かしてみせると、私を見上げて。
「なに驚いた顔してんのよ」
喋った。スピーカー越しの人口音声は、しかし確かに感情を持って。そのフォルムに相応しく、明朗快活な少女の声で。
「もしかしてあたしがトランスフォームするって知らなかった?」
「メスだったの?」
私の口から飛び出したのは、あまりにも間抜けな質問だった。
「女の子」軽くたしなめると彼女はふふ、と得意げにポーズを決めた。「美人でしょ?」
頭部はシリコン素材で、瞼はアーモンド型に切り込みが入り、瞳が青く輝いている。ボブカットを模した頭髪パーツには細部までこだわりを感じ——うん、確かに少し、可愛いかもしれない。
「あんたは昔とちっとも変わらないね」
「変わったよ」少年の私は酷く高い声で言った。「それに父さん、もういないし」
ロボットは無言で首をかしげるとプロジェクターの如く、眼球から壁に向かって青白い光を照射した。
「やあ、元気かい?」
部屋の白い壁をスクリーンに映し出されたのは、今の僕と同じぐらいの年齢の男。若き日の父の姿だった。
「父さん!」
思わず声を上げてしまった。
最後に見た
「この子の仕掛けに気づいたんだね」
「気づいたっていうか——」
「君はやっぱり優秀だな」
「でも企画書が——」
「さすが僕の息子だよ」
微妙に噛み合わない会話。父の映像は録画なのだから当たり前だ。僕と直接話をしているわけではないのだ。
「ところでその様子を見るに、君にとっての父親は今日でいなくなったのかな?」
「ああ、うん、そうだよ」
答えてすぐに、違和感に気づいて二度見した。父には私の姿が見えている?
「そうか。不思議なものだな、自分の死後に、幼き日の息子と会話をするというのは」
「夢だから、なんでもありだろ」
「どうだろうね、でも、これだけは言っておく」
父の言葉に、私は耳を傾けた。
「父として、大した思い出も、ましてや価値ある遺産もない、僕にはこれぐらいしか残せるものはないけれど、彼女は僕の友人であり、君の友人だ」
穏やかな微笑みを残し、そこで映像はふっつりと途切れた。
「……君は父さんが作ったものだったのか」
「そうよ。知らなかったの?」
「どこかのお土産だと思っていた。だってその、色がビミョー……」
ロボの目が赤く光り、不満そうに釣り上がったのを見て、慌てて口をつぐんだ。
「ごめん、今はすごくかっこいいけど」
「かわいいの方がいい!」
「あーはいはい、かわいいかわいい」
……なんだか彼女とは仲良くなれそうだと思った。
「父さん、ちょっと僕と似てたんだな」
はっと目を覚ますと、腕時計が夜中の二時を指していた。着替えもせずにうたた寝していたらしい。しかし奇妙な夢だった。あり得ないのに妙にリアルで、夢の中で夢だと気づいていたものの、それを受け入れた上で続行していた。
私はふと思い立って、父の書斎に足を踏み入れた。今度は、現実で。
最後に入ったのはいつだったか。しかし驚くほど夢で見たままの光景がそこにはあった。
古びたデスクを見下ろすと、古びたブリキの小鳥が、先ほどと同じようにすました顔で座っていた。
「まさかね」
私はキリキリとねじを巻き、デスクに小鳥をそっと立たせた。
抑えようにも胸の奥からこみ上げてくるのは、幼い子供のように純真無垢な、期待。だが。
——それはよちよちと短い脚を交互に動かすものの、まもなく速度は落ちていき、やがて——止まった。
落胆のような、だけどもどこかほっとしたような、複雑なため息をつく。
しかし、ねじを巻いた瞬間の懐かしさと、例えようもない高揚感に、私は何故だかとても満ち足りた気持ちになっていた。
私は彼女からねじ巻きを抜くと、長いチェーンを首にかけた。
企画書を作成しなくては。
☆ ☆ ☆
数年後。
玩具売り場の片隅で、ある新商品が話題を呼んでいた。
「手のひらサイズのレトロな生き物が、ネジ巻き一本でオート・トランスフォーム! 新開発AI搭載コミュニケーションロボット『
NEXT……080 - 次元機神センチュリオン 第6話「世界最後の翼」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885526648
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