023 - ツルギの鞘
日が落ち、頼りない街灯の明かりに照らされた夜の街。土砂降りの雨が石畳を叩き続ける街道を、抜き身の剣を握った男がゆっくりと歩いていた。
男に対して、焦りのこもった無数の視線が突き刺さる。しかしその焦りは危険人物に怯えるようなものではない。
何をのんびりしているんだ、と言うような、若干の非難がこもったものだ。しかし男の機嫌を損ねたくないのか、声に出す者は居ない。
そんな視線など意にも介さず、男はゆっくりとした歩調を維持しながら目的の場所に向かう。
たどり着いた先は街の広場。そこには常人の倍はあろうかという図体の大男が、身の丈ほどの長さの斧を握って待ち構えていた。
斧の男は剣の男の姿を見つけると、大型爬虫類を思わせる獰猛な笑みを浮かべる。
「ようやく来たか。俺のツルギに怖気づいたのかと思ったぞ」
「そうか」
対する剣の男はつまらなそうに素っ気なく答え、手元の剣に視線を落とす。銀色の柄の剣で、黒の刀身には葉脈のように走る青いラインがわずかに発光している。魔法の武具、ツルギ(ちなみに武器の形状が斧であってもツルギと言う)である。
実は少々有名なこの剣のおかげで、男は面倒な連中によく目を付けられる。目の前の斧の男だって、先日酒場で絡んできたかと思うと、決闘を受けなければ街を破壊すると言ってきたのだ。街の人々が焦っていた理由はこれである。
「そうまでして”この剣の使い手”と戦いたいのか? ……理解できん」
彼にとっては大切なものだったが、所詮は武器……道具ではないか。それを持った、ただの人間と戦ったのが何になる。
とは言え、彼は戦って己を高めておきたい、という考えを持っていた。そのため決闘を拒否することはしない。
広場の中央までたどり着き、斧の男と対峙する。
「……では、行くぞォ!」
斧の男は持っていた斧を振りかぶり、地面に叩きつける。
次の瞬間、爆発でも起こったかのように、地面の土や石が轟音と共に空中に浮き上がり、足元の石畳とともに浮き上がった斧の男を包むように収束していく。
「これが俺の”シース”だァ!」
集まった土石は、まるで初めからそんな形であったかのように強固に結びつき、巨大な西洋甲冑のようなものを形成した。
これこそが魔法の武具”ツルギ”を核として、周囲の物質から生み出される巨大ゴーレム”
それを見た剣の男は、ほうと息を吐く。面倒な輩ではあるが、ツルギ使いとしては中々の力を持っているようだ。強いツルギ使いが相手ならば、面倒な奴だろうと、たとえ悪人であろうと、多少は敬意のようなものを抱くのがこの剣の男の性格であった。
「良い鞘だ……なら俺もいくぞ……”納刀”」
剣の男はそう呟き、持っていた剣を前に突き出す。すると降っていた雨の水が不自然な軌道で剣の刀身にまとわりつき、一瞬で凍り付いた。剣はまるで氷の鞘に収まったような形になる。
そのまま剣を振ると、周囲の水が斧の男の時の土石と同じように剣の男を包み込み、その体を持ち上げていく。
やがて水は剣にまとわりついた時のように一瞬で凍り付く。視界を白く覆い尽くすほどの冷気が発生し、それにさらされた見物人たちは慌てて広場から距離をとる。白く覆われた視界が晴れると、その場の誰もが思わず息をのむ。土砂降りだった雨はどういうわけか止んでおり、街灯の光を反射して淡く輝く、微細な氷の結晶を纏って広場に立っている巨大な甲冑の氷像は、見惚れるほどに美しかった。
「こ、これが、伝説の七剣……その一つから生まれたシース……」
「ああ、そうだ……やるんだろう? 来い」
剣の男の言葉に、斧の男はハッとなって土のシースに戦闘態勢を取らせる。土と石が再び集まり、核となったツルギをそのまま大きくしたような斧を形成し、両手でしっかりと構えた。対して氷のシースは、やはり核のツルギと同じ形状の氷の剣を作り出し、右手で構える。
にらみ合う両者。見物人がごくりと唾を飲み込んだその時、土のシースが動いた。両手で握った斧を大きく振りかぶり、氷のシースの頭部を狙う。しかしそれを素早く躱した氷のシースが右手に持った剣で土のシースの右腕を斬りつける。
「硬さが売りの俺のシースに、そんな攻撃が効くかァ!」
「そんな気はしていたが、傷一つ付かないとは……こいつは相性が悪いな」
見れば斬りつけた氷の剣の方が欠けている。
追撃してくる土の斧を、氷のシースはバックステップで躱す。しかし猛攻は止まらない。躱したその先でさらなる追撃が加えられ、今度は完全には避けきれず、横薙ぎの斧を、欠けた剣で受けようと構える。しかしパワーは土のシースの方が圧倒的に上である。斧の男は獰猛に笑い、そのまま剣ごと相手を叩き砕こうと、フルスイングする。それは見物人達にも、無残に砕け散る氷像を幻視させるものだった。しかし氷の剣に土の斧が届いた瞬間、剣の男を除き、この場にいたすべての人間の予想が裏切られる。
土の斧が、氷のシース……否、水のシースの体をすり抜けたのだ。
「溶けたァ!?」
「凍らせとかないとすぐ崩れるから、奥の手だけどな」
全力のフルスイングが不発に終わったことで、土のシースは大きくバランスを崩す。その瞬間を狙い、水のシースはその手に持った水の剣を土のシースにつきたてる。今度ははじかれることは無く、水で出来た剣は土のシースに染み込んでいく。それこそ土のシースの全身が湿ったことで変色し、ふやけるほどに。
「何!? まさか!」
「そういうことだ。凍れ」
剣の男の一声とともに全身に染み込んだ水分が凍り、それにより土のシースは霜で白く変色する。
「ぬゥ……俺の負けか」
斧の男がうめくように言う。彼のツルギは土石を操る物であるため、ほとんど氷の塊となってしまった以上、もうまともに操ることはできないのだ。広場の野次馬たちが歓声を上げた。
勝敗が決した翌日、剣の男はすぐに街を出た。単純に興味を引くものがなかったからだ。彼に目的は無い。強いて言えば、目的を探し求めて旅をしている。
いつの日か、このツルギの力を引き出し命がけで挑まねばならないような事に出会えると信じ、彼は今日も戦いを重ねながら世界を彷徨う。
NEXT……024 - 朽ちた鉄塊の稼働記録
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885466099
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