059 - 鳳凰

激しい嵐の夜。

水平線を埋め尽くす数千の機体が進軍を止めた。

彼らの前に立ち塞がったのは虹色に輝く翼を有する巨大な機械だった。

 度重なる敗北の末に駆り出された帝国軍最後の砦。

 自立型決戦用兵器──名を鳳凰。

 千年以上の長い間、帝国を守護し続けてきた獣戦機(じゅうせんき)をようやく引きずり出すことに成功した連邦は、帝国との長きにわたる戦いに終止符を打つべく、保有する機体のほとんどを駆り出して最後の戦いを仕掛けようとしていた。

 ブースターの出力を抑えながら、第一陣がにじり寄る。

 鳳凰に弾道ミサイルは通じない。生半可な攻撃は全て翼から発せられる強力な磁場により無効化され、弾き飛ばされるのだ。

連邦上層部はこれに対し、ある策を講じた。鳳凰に限りなく接近し、超弩級戦艦用の主砲を銃の形に無理やり改造した実弾兵器で四方から飽和攻撃を行い、防御の上から押し潰す。

 数の利を生かした力技だ。

 第一陣が鳳凰を射程内に収めようとした刹那、雷鳴のような咆哮が雲を散らし、津波を起こした。何十トンもある機体が暴風に煽られ、大きく揺さぶられていく。

 鳳凰はぐっと翼で身を覆うと、雄叫びと共に一気に広げた。

 羽の一つひとつから飛び出た虹色の細い光が雨のように第一陣の頭上に降り注ぎ、爆発が横一文字に連鎖していく。壮絶な火力に鳳凰正面に陣取っていた第一陣はほとんど壊滅させられたが、両翼から回り込むように動いていた残存戦力がブースターの出力を全開にして迫る。

 ドォォン! ドォォン!

 最初に接近した灰色の機体が勇猛果敢に砲を撃つ。

 しかし、鳳凰がひと睨みするだけでその機体の上半身は溶けていった。迸った熱線が遠くの雲を散らし、青青とした空を一瞬、赤く染める。

 捨て身の突撃により鳳凰の気が逸れていた隙を突いて回り込んでいた他の機体が、体勢を支えている両翼のスラスターを狙って砲撃を繰り返す。鳳凰の傍で派手な爆発がいくつも巻き起こる。

 第二陣も攻防の二手に分かれ、構えに入った。

防御側は急いで第一陣の援護に入る。何故なら先程の砲撃の反動に耐え切れず、自壊する機体が後を絶たなかったからだ。落下していく味方機体を引っ張りながら後退していく防御側と入れ替わるように、万全な態勢で位置取りを行った攻撃側の指揮官機が片腕を上げた。

 立ち上る黒煙が突風で消える。

 虹色の羽が一際大きく輝いているのが見えた瞬間、指揮官機は即座に腕を振り下ろした。

 今度は四方八方から一斉に砲撃が降り注ぐ。

 すると突如、鳳凰の頭上に現れた幾何学的な紋様が周囲をぐるりと回った。

 殺到する砲撃のことごとくが模様に飲み込まれていく。

 そしてすべてが飲み込まれていった後、場には困惑と静寂が生まれた。

 指揮官機が急いで第二射を、と指示しようとした刹那──

 鳳凰の操る幾何学的な紋様が強く光った。

 四方八方にいた射手たちを正確無比な砲撃が襲う。

 第二陣は壊滅し、灰色の機体の群れが燃え落ちていく。

鳳凰は劫火のような輝きを発する瞳で後続の連邦軍を睨んだ。

敵は圧倒的で連邦側に残った戦力は第三、第四陣のみ。

 おおよそ半数の戦力を失ったものの、彼らは鳳凰に対して未だに有効打を与えられずにいた。

そんな中、紫色の機体が最前線に立って腰に携帯していた長大な剣を抜き放った。

彼が剣を天に突き上げると乱れていた第三陣と第四陣の陣形が戻っていった。

 紫色の機体を中心に瓦解しかけた連邦軍が蘇っていく。

突き上げた剣を振り下ろすと同時に残存戦力全てを賭した突撃が始まった。

鳳凰はゆっくりと目を閉じると、嘆息した。

しばらくして機械のまぶたを持ち上げる。


 紫色の機体が長剣を振り上げ、眼前に迫っていた。


 睨みから迸る熱戦が剣とぶつかり合い、激しく火花を散らす。

 その間に残りは持てる限りの武装を携え、翼に殺到した。紋様に吸収され、弾かれるならば紋様よりも奥に機体を押し込めばいいと考えたのだろう。どれだけ羽の光で撃ち落とされても彼らは勢いを緩めずに接近を試み続け、ほとんどゼロ距離からの砲撃を行った。

 始めは幾何学的な紋様で持ちこたえ続けていた鳳凰だったが、次第に亀裂が走って砕け散った。多数の砲が直撃し、金切り声に似た痛ましい叫びをあげ、首を持ち上げた。

 それは同時に紫色の機体との均衡が崩れることを意味していた。

 熱線が止んで自由を得た彼は、刀身の半分が溶けたままにも関わらず再び剣を構え、全速力で顎に向けて飛翔した。極限まで熱せられた剣が鳳凰の顎を貫き、口内を抜けて上顎まで貫通する。

 紫色の機体は激しく首を揺さぶられたせいで宙に放り投げられたが、仲間がすぐに彼を受け止めた。鳳凰は彼の足元で苦しそうに身体を揺らし、か細い声で空に向かって鳴いたかと思うと静かに暗い海の中へ落ちていった。


NEXT……060 - 地の底にて

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885491251

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