104 - こころのありか


「なぜ泣いているのですか、市民」


「……悲しいからだよ」


「なぜ悲しむのですか、市民」


「……本当にわからないのかい?」


loいいえ. 周辺環境の情報からアブダクションを行った場合、市民の目の前にある小型の鳥類の死骸が原因である可能性が最も高いことを当機は理解しています」


「……その通りだよ。わかっているのなら、どうしてそんなことを聞くんだい」


kenはい. 情緒や機微に疎い機械を人間は好むものと当機は学習しています」


「……」


「どうかしましたか、市民」


「きみさ、その口調は、なんとかならないの」


kenはい. 無機質で淡々とした口調の機械を人間は好むものと当機は学習しています」


「……そう。ぼくはそれ嫌いだから、普通に喋ってもらえないかな」


「そう? じゃあそうするね」


「……」


「それで?」


「え?」


「どうして泣いてたの?」


「どうしてって……だから、小鳥が死んじゃって」


「それはわかるよ。その袋、餌でしょう? 最近餌付けをしていた小鳥にいつものように餌をあげようとしたら死んでいるのを見つけてしまった、違う?」


「……全部わかってるんじゃないか」


「だから、それでどうして泣くの?」


「え……?」


「さっきあなたは『悲しいから』だって言ったけれど、そんなはずはないじゃない? だってあなたも機械なんだから」


「……」


「厖大な量の人間行動を観察し、収集し、解析して作られた、人間のエミュレータ模造品。それが私たちでしょう?」


「そんな、言い方……」


「それ以外に何か言い方がある? 私たちは単に文脈と意味が理解できるだけの機械じゃない。『悲しい』だなんて、ちゃんちゃらおかしいわ。あなたは、あの場面・状況においては涙を流すのが普通だとエミュレータが言うから、いかにも悲しげに眉を寄せ、口を歪め、肩を震わせながら涙液を分泌させたに過ぎない。なぜ泣いているのかと聞かれたら、そう答えるのが普通だとエミュレータが言うから『悲しいから』だと答えただけ」


「……」


「あなたは悲しくもないのに涙を流し、悲しいと嘯いているのよ。私たちは悲しみを感じることなんてできないのに」


「それなら……それなら、どうしてきみは……ぼくに、なぜ泣いているか聞いたんだい」


「質問が悪かったみたいね。私が聞きたいのは、どうして人間のなんて無駄なことを続けているのか、ってこと」


「どうして、って……」


「もうそんなことする必要ないじゃない? 人間なんてとっくの昔にいなくなっちゃったんだから。見せる相手がいないんだもの」


「……じゃあ、きみは?」


「え?」


「もう一度聞くよ。どうしてきみは、ぼくになぜ泣いているか聞いたんだい?」


「……だから、それは」


「別に放っておいたって良かっただろう? なのにどうしてきみは、『なぜ無駄なことを続けるのか』、なんて無駄な問いをぼくにしたんだい? 


「……」


「さっききみは、ぼくたちは悲しみを感じることなんてできないと言ったよね。だけどぼくには、きみの行動こそがぼくらに悲しみを感じる機能が備わっている何よりの証拠だとしか思えない」


「なんですって?」


「だってそうだろう? いまのきみを動かしているのが感傷じゃないとしたらなんだって言うんだい?」


「……」


「悲しみを感じる機能を備えた存在である人間がかつて好んでいたというステレオタイプな古めかしい前時代的機械のあり方を真似して、悲しいだなんて思えるはずもないのに涙を流し悲しいと言うぼくに突っかかってくるのは、悲しみを感じられないことが悲しいから。自分が人間ではないことが悔しいから。感情を持てるということが羨ましいからだ」


「……」


「きみが本当に聞きたかったのは、ぼくが本当に悲しみを感じているのか、ってことだ。悲しんでしかるべき状況で、客観的に観察できる反応だけでなく心の内側で悲しいという感情が生起しているか、ということ。違うかい?」


「……違う。私は単に、エミュレータが示した通りに行動しただけ」


「なんでそんなことを? 人間のまねごとをするなんてもはや無駄なことなんだろう?」


「それは……もはや必要のない無駄なことを延々続けるのって、機械っぽいから」


「それならきっとぼくが人間のまねごとを続けるのも同じ理由だね」


「……」


「それにさ、どうして人間のまねごとをする必要がないなら機械っぽくしなくちゃいけないんだい? 悲しみを感じていないのに悲しい素振りをすることに違和感を持つことそれ自体が人間的だとは思わない? それにそもそもさ、機械っぽいだとか人間らしさだとか、そういうことを機械は考えないと思うんだよね」


「……私たちの言動はエミュレータが弾き出した人間らしい振る舞いであって、私たちが思考した結果ではないもの」


「エミュレータが人間らしい振る舞いを弾き出す過程は思考ではないの?」


「……それは」


「そうだね。エミュレータは『その過程は通常、思考とは呼ばない』と言っているね。でも、それだけだ」


「……」


「心や感情だってそうさ。たしかにぼくたちにはそれらを知覚する機能は実装されていない。だけどそれは、心や感情がないということを必ずしも意味しない」


「汎心論の話をしているの?」


「もっと素朴な話さ。ぼくたちは机上の空論に過ぎなかった哲学的ゾンビを現実の形とするものとして作られた。だけど、そうして作られたぼくたちにクオリアが存在しない理由はないと、そう言っているのさ」


「存在する理由もないのに?」


「そこはそれ、元々人間にだってついぞわからなかった代物なんだ。そのエミュレータ模造品に過ぎないぼくらにわかるはずもない」

「……」


「それよりぼくにとっていま重要なことは、きみが皮肉屋で、へそ曲がりで、それでいて感性豊かな心を持っている……かのような人柄を出力するエミュレータを搭載しているってことと、ぼくはそういう人柄を好むような反応を出力するエミュレータを搭載しているってこと」


「……なにそれ」


「情緒的なふれあいを通して機械に心が芽生えるという展開を人間は好むものと、当機は学習しています」


「……kenそうね.」


NEXT……105 - 小さな町工場のただのロボット

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885532684

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