062 - 23世紀 トラウマリオン

 宇宙怪獣が地球に降下したのは、2118年。

 人類が『トラウマスキー粒子』を発見して間もなくであった。


 全長30m級。

 怪獣は毒を吐き、建造物をなぎ倒し、人の住める土地を踏み荒らした。

 厄介なのは、核兵器を含めたありとあらゆる種類の火器がバリアーのようなもので防がれてしまい、効果的な攻撃が『質量』をぶつける以外の物しかなかった点である。


 すなわち、超大規模な落とし穴に誘導して落とした後、発破を交えて大量の土砂と岩石で埋めると言う、そんな作戦しか残されていなかったのだ。


 これにより、後に第一次怪獣災害と呼ばれた人類の危機は去ったが、世界各国の天体観測所から、再度の宇宙怪獣の接近が示唆され、世界は再び恐怖の再来に震えた。


 これに対し、トラウマスキー粒子を効果的に活用して生み出されるエネルギーで動く、大怪獣よりも一回り大きな人型巨大ロボットの開発が世界中でスタートしたのである。

 火器が効かないのならば、肉弾戦で戦おうと言うのだ。


 隕石接近まで、およそ82年。

 それは、人々が危機感を忘れてしまうのに、十分な時間であった。


 そして2200年。

 隕石は日本へ落下、かつて示唆された通り、巨大な宇宙怪獣が再び出現した。


 ――――――――――


「……以前より強力だとしたら、今度は止められないかもしれない。だが、人類はまだ戦える。トラウマスキー粒子は知的生命体の精神的外傷――すなわちトラウマに反応してエネルギーを生み出す物質だ。強力だが扱いが難しく、安定しない。そのため、主流のエネルギーになれなかった」


 買い物の途中、黒服にサングラスの怪しい連中に拉致された俺は、拘束されたまま説明を受けている。

 白衣を着た、偉ぶった女だ。


「虎だか馬だか知らねーけど、なんで俺を誘拐したんだ?」

「君が、人並外れた強力な『トラウマ』を持っているからだ。君にはトラウマスキー粒子反応炉で動く巨大ロボットに乗り、宇宙怪獣と戦ってもらう」


 宇宙怪獣? 巨大ロボット?


「そんなの知るか! 帰らせろ! 今日、妹の誕生日なんだよ!」

「君が戦わなければ、妹も死ぬぞ?」

「何だと?」

「怪獣に殺されると言う意味だ。嘘だと思うか? 冗談を言うために、君をここに招待したと本当に思っているのか?」

「だったら、モノを頼む態度ってものがあるだろうが!」

「暴れた君が悪い。こっちはプロの喧嘩屋を雇っている」


 気にくわねぇ。

 手錠が擦れて、痛いんだよ。

 くそっ、本気で殴りやがって。


「怪獣の話が本当だとして、なんで準備してなかったんだよ。切羽詰まって俺を拉致して」

「政府がバカだからさ。危機に直面しているのに、バカなスキャンダルばかりに国会を使って、先日まで予算が通らなかった。ギリギリだよ。数十年もほったらかしにされていた骨董品を整備して、操縦する者を探すだけで精いっぱいだった」


 俺は政治なんて興味ない。


「でも、そんなこと俺に教えて良いのかよ」

「良い。失敗すれば責任を問われるのは我々だろう。言う権利がある」


 簡単に言う。


「……でも、俺、高校生だぜ? 自動車の免許も無いし」

「今じゃ持ってる方が稀だろ? 自動操縦機能の搭載車だらけで、自分で操縦する人間は珍しい」

「そうだけど、だったらロボットもそうしろよ! 自動操縦に!」

「だめだ。あれは脳と直結して動く。君のトラウマを無意識の中から拾い上げ、エネルギーにするためにも、君が動かさなきゃならない。時間がない、今から君をロボットに乗せる」


 ふざけやがって。


 俺はそのまま、担架に乗せられて、ロボットの操縦席に移送させられた。

 体中に変な器具を付けられ、手錠はつけたままだ。


『ディスプレイを見たまえ』

「何?」


 操縦席のディスプレイが光る。


『お、お兄ちゃん』

「く、葛葉くずは!」


 映し出されたのは、今日、誕生日の妹。

 拘束されて、ナイフを突きつけられている妹の葛葉が、泣きながら俺を呼んでいた。


「や、やめろ! 妹に、手を出さないでくれ! やめてくれ! なんでここまでするんだ!」

『君は戦うしかない。せっかくあの災害で生き残れた、たった一人の肉親を殺されたくはないだろう?』

「さ、災害だと? あれが、災害だって言うのか!」


 記憶が蘇る。


 昔、住んでいた町が新種の集団精神病とやらにまるごと感染して、狂った人間同士が殺しあう殺戮の舞台と化した。


 両親は早々に殺され、俺は妹を守るために必死に戦った。

 町は封鎖され、逃げ場はない。

 包囲網まで逃げても、感染を疑われて殺された人も多いと聞く。


 生き残れたのは、最後まで隠れていたこと。

 それから救出してくれた人が、人間性を保っていてくれたからだ。

 運が良かったのだ。


『災害だよ。かつて、宇宙怪獣が地球に運び込んだ病気だと我々は見ている。発症し、流行するケースは稀だが、以前の地球にはなかったものだ』

「何?」


 あの時、俺は生き延びるために、狂った友達を殺した。

 死にたくなかった。

 あの時の俺たちは、まだ小学生だったけれど、たくさん、殺してしまった。

 そうして生き延びたのだ。


 殺人は罪に問われ、マスコミの心無い『取材』で、酷く傷ついた。

 転校した学校でも虐められ、引き取られた親戚の家でも、迫害されている。


 犯罪者だから何をしても良いと言われ、見た目の良い妹は、何度も男達に襲われかけた。


『反応良好だ。君のトラウマは最高だな。君を選んで正解だった』


 味方はいない。強がって、戦うしかなかった。そうしないと妹を守れなかった。

 俺たちの居場所はもう、地球のどこにもない。


「……約束してくれ。俺が戦ったら、俺たちが、安心して暮らせる場所を用意してくれ。頼む」

『約束しよう』


 信用していいのか?

 でも、やるしかない。


 俺は『宙怪獣、影響圏内まで後数分』と言う声と、それから『援護は期待するな。格闘でしか有効打がない』と言う注意を聞きながら、その時を待った。


『トラウマリオン、発進!』


 30m超の高さから見る、開けた視界。

 壊れ行く人類の営み。

 怪獣。

 だが、見えるものは全てが俺の敵だ。


 全ての原因なのだとしたら、怪獣も許せない。


 ……良いぜ、やってやる! 守ってやるよ、地球!


 俺は脳波で動く巨大な機械――俺のトラウマをエネルギーとする巨大ロボット、トラウマリオンが大地を踏む音を聞いたのだった。


NEXT……063 - 俺と合体したい子が多すぎる!~ロボ的な意味で~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885491258

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