155 - UNSUNG HERO's
ジグ……ジグ——
何かが……この鼓膜を叩いている。
時計の針がチクタク、チクタクと規則正しく時を刻むかのように、一定のリズムで響き続けていた。
姿は見えず。
声も無い。
けれど確かに、鼓膜を通じて身体を震わせるほどの大きな振動が、何処からか響いている。何かを伝えようとしているのか?
(ならば、何を——)
明滅——右の視界端。
閃光だ……二時の方向。
反射的に右腕を伸ばす、が——
〝——まだだ〟
誰かが叫ぶ。
まだ早いと、音なき声が脳髄を叩いた。
(あぁ……そうか)
提案を受け入れる。右腕を戻し右足に荷重。方向は閃光に垂直……五時方向。と同時、左足を思い切り踏み込んだ。
その左足裏を押し返す固い感触……いつも機嫌が悪いCFRP製のフットペダルの返答。
瞬きにも満たぬ僅かな思慮……無機物への苛立ちの狭間に視界が後方にぶっ飛び、
背中から腹を突き抜けるように走った衝撃は、この身体における最大の呼吸筋である横隔膜を麻痺させるには充分過ぎるものだった。
それだけで、息を吸うという単純な反復動作の方法すら忘れてしまったかのように、どれだけ口を開けども肺に酸素を送り込めず、ひゅっと、掠れた空気が喉元を通り過ぎた。
刹那——ぅあぁん、と何かが背後を追い過ぎた。小虫が這いずり回るかのような寒気が背を走り両腕に抜けると、波打つように産毛が逆立ち、そして、脳裏をよぎったのは〝死〟という曖昧な……そう、知らぬ間に押し付けられた宗教観とも言える未知の世界への恐怖。
死んだところで、ただ肉の塊と成り果て、己を己たらしめているこのちっぽけな意思など、電子端末のデータをクリック一つで消去するかのように失せてしまうというのに……。
けれど、幾度となく経験した本能を揺さぶるこの感覚。其れこそが、己が
〝——止まるな〟
再度、声が囁く。
踏み込んだ左足を引き戻し、左爪先で正面の逆噴射装置を蹴り上げる。と同時に、左手指に触れる幾つかのスイッチを感覚だけを頼りに押下した。
途端、今度は前。
座席から離れ正面に浮いた身体を逃がさまいとハーネスが胸と腹に食い込み、再度身体を座席に押し付ける。
胸が熱い。
胃液が食道をせり上がってくる。
けれど、その不快な感覚だけが、消え失せそうな意識をその場に繋ぎ止めているのだ。
無意識に右足が動いた。優しく、かつ速やかに五時から反時計回りに荷重して——八時へ。
操者の荷重を感知した
特殊鋼と強化セラミック製の複合装甲の内側を巡る、軌道エレベーターにも流用される炭素繊維製の人工筋肉に対して、電圧変化による収縮・肥大命令を発出したのだ。
やけに遅い……そう、ゆっくりだ。
ゆっくりと景色が流れる。
構わない——
右腕を伸ばすんだ。
閃光が瞬いた——あの先へ。
左に走る視界
HUDに映り込む鈍い機影
重なる目標と照準
〝——撃て〟
声が、身体の内側で叫ぶ。
右掌で握る
ジグ…………ジグ……ジグジグ——
徐々に速まる
唯一響く音は……そう、〝
(あぁ、そうか……こいつは、この
いち、にぃ、さん、しぃ……数えて十と二。
其れが合図。
音が戻る。
総ての音が。
(——俺の鼓動か)
「——
聞き慣れない声。それが己のTACネームを叫んだ。そして、声の主が伝えようとした〝囲まれている〟という遅過ぎる警告が鼓膜を震わせるよりも早く、この身体は反応し、煩わしさすら覚えるHQへの「
ボッ……ヒュ————
その音。爆ぜ、抜ける様な鳴き声。
鳥ではない。その事実を示すかのように、右眼の視界端から火線が幾つも産まれては、照星の先へ還って逝った。
そして、鳴き声の主は絶えず歌う。
束ねられた3つの砲身が油圧モーターに導かれ時計回りに駆動すると、ドラムマガジンから砲尾へ伸びる給弾ベルトがずるずると呑み込まれた。その間、僅かに
跳ね上がる砲身を人工筋肉がその強靭でしなやかな力で押さえつけると、小気味良い破裂音とともに、タングステンを芯に抱く
砲身から産まれ出た火線は50にも達し、1,000m/s超の速度を持って
そして、その一連の……僅か数刻の出来事を、小刻みに震えながら見ていたガラス張りの超高層ビル群は、その狂宴の演者を恐る恐る己の身体に映し取った。
重厚な
右腕に備えた
「……俺も貴様も、所詮は雑兵。此処でくたばっても、歴史に名なんぞ残らんさ——」
——踊れや、
死屍累々の夜を跨いで
此処は戦さ場
さぁ、
限りある、その命の燈が燃え尽きるで……
死の舞踏を——謳われぬ英雄達よ
NEXT……156 - 人間の証明
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885596222
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