140 - スーパーロボット フジ7号

『えー、明日朝の積雪量は36メートルを超えると予想され、10年に一度の巨大なブリザードストームも観測されています。特殊災害対策チームが先日から続く猛吹雪で壊滅したため、市民は地下に避難するようにとアスパム災害対策本部からの発令です』


 真冬の夜は零下45℃を下回る極寒都市『シンヒロサキ』。人も機械も不凍液を飲み歩く、そんなコールドアンダーシティが俺の育った街だ。

 晴れの合間に買い出しに行った帰り、広報スピーカーでそんな避難警報を聞いた。


「はぁ…結局高いのしかなかったな。日本酒なんか不凍液にはもったいねっつーの。」


 手にした20リッター耐熱ポリタンクの中身は高級日本酒『銀座右衛門』が入っている。アルコール度数380をほこり、絶対零度でも熱を持つ特性ゆえ高級品とされていた。


「うぉ…っと、仏さんか?」


 防風柵の間、いつもは2秒と留まれぬ吹き溜まりで何かにつまづいた。凍死体か?


 ……雪をどかして出てきたモノに安堵する。横たわっていたのは仏さんじゃなく約2mの人型除雪車『04式フジ』だ。こんな旧式を通報したところでスクラップヤード送りだろう。

 このご時世じゃ人も機械も使い捨てか…と無性に悲しくなり、フジの隣に座り込む。


 抱えた酒ポリタンクが温かい。アルコール度数380の銀座右衛門は約73℃くらいに自己発熱する。

 銅製のコップに注ぎ一口飲んでみるものの、一瞬で脳が溶けそうなアルコール臭で吐き出し、むせる。

 何故壊れた除雪ロボとデートしようと思ったか、正直自分にもわからない。きっと最期に誰かと話したかったんだと思う。


「お前もさ、新型の10式が出て04式は順次退役なんだってな。まぁでも俺もそうかもな、お前はもう必要ない…って言われたよ」


 夜空を見上げると月光に照らされたスノーダストがキラキラと輝いていた。


「人がこんなに腐っちまっても自然ってのはお構いなしに綺麗ときた。…全く、こんな話聞かせるためのロボじゃ無いのになぁ。どうしたもんかな…俺」


 ふと気付けば止んでいた風が吹き始めている。予報だとあと5時間は猶予があったはず…。


『えー、緊急事態宣言発令です!ブリザードストームの予報が5時間前倒しになりました!屋外にいる市民はシェルターへ退避してください!我々報道部もアスパム地下へ避難します!生きていたら次回の放送で会いましょう!』


 遠くから響くサイレン。零下1200℃級のブリザードストームに巻かれれば人も機械も関係なくみんな死ぬ。


「いくら思い出を整理しても、走馬灯の油にしかならねぇか」


 銀座右衛門をコップに入れフジにかける。心地よくのぼる湯気が視界を曇らせた。


「へへ、どうだ…美味いか?御神酒おみきっていうらしいなこういうの。そうだな、半分やるよ」


 10リットルの銀座右衛門がフジを潤わせ、蒸発していく。


 神経がイカれたのか体がほんのり暖かい。このまま氷漬けになるのも悪くないかな…とさえ思う。隣には知り合ったばっかりだが友人もいる。

 フッとまぶたを落として虚無の白い闇に包まれた時、俺はきっと眠るように死ぬのだろう。



 周囲には光が立ち込めてまるで天国だ。少し目を開けると何かいる。天使だろうか?


『各部シリンダー、正常』


 ……本当に?


『チャンバー内、圧力上昇』


 こんなことを言う天使がいるか?


『腕部ハドロンリアクター、オールグリーン』


 やはりだ!こいつは…天国の使者なんかじゃない!


『核融合炉、臨界』


「フジ…お前!」


『対豪雪地緊急災害用人型歩行除雪救難車、4式フジ7号…起動』


 角ばった大きなマシンが雄々しく男の前に立っている。まるでブリザードストームを遮るように!


 この熱はフジの胸の核融合炉の熱だ。だが…これは完全なるオーバーヒート!このままではフジはメルトダウンしてしまう!


「やめろ!俺を助けて何になる!何で…意味なんか無いぞ!」


『私は対豪雪地緊急災害用人型歩行除雪救難車、4式フジ7号です』


 その合成音声を掻き消すように、暴力的な嵐とサッカーボール大の殺人雹キラーひょうが全方位から襲いかかる!

 有機無機みな平等に凍結し粉砕するブリザードミキサーの中で、今その運命に抗おうとしているのは一度死んだ機械と、一度死を望んだ男だ!


 フジのハドロンアームは雪の分子を超振動させ一瞬で沸騰させる除雪神拳!しかし、零下1200℃は核融合炉の熱さえも確実に奪っていく。オオマシティの原子力発電所を82秒で廃炉に追い込んだのだ、常識で考えてそんなブリザードを抑え込めるわけがない!

 みるみるうちに両腕のハドロンリアクターが凍結していく…!


『炉心温度、985℃まで低下。ボディの4割が凍結しています』


「もういい…もういいんだ!なんで機械が命令無しで動くんだよ!これじゃ…」


 膝をつき、伏せる。


「まだ…生きたいと思っちまうじゃねぇか……ッ」


『わた…わたた私は対豪せせせ用人型ほほほほほ除雪除雪除雪除雪じょじょ救難ンンンンン』


 凍結した腕が垂れ下がり、胸の核融合炉で直接融雪を開始する。…だが密閉された炉を解放するとなれば、温度低下はより急速なものとなるだろう。

 ……そうか、こいつは除雪車でありながら救難車なのだ。だから目の前のブリザードストームと後ろの俺を同時に対処しているんだ、自分の命の炎を燃やしながら!


「なら…こいつを受け取れフジ!残りの…銀座右衛門だッ!」


 ポリタンクから放たれた銀座右衛門は凍てつくフジに春を呼ぶ。

 全身の氷が蒸発し、再び核融合炉が臨界に達しようとした時………一瞬こっちを向いたフジの顔は少し嬉しそうだった。


『ハドロンリアクター出力1200%、ブリザード…クラッシャー!』


 振り上げた拳から放たれたハドロントルネードは天を貫き、その衝撃でブリザードを真っ二つに裂いて消滅せてしまった。


 しばらくして冬の夜空は再び星を取り戻していく。仄暗い夜天光の闇を、核融合炉に灯した火だけがしばらく照らしていた―――。





 あれから18年経った今でも、俺はアスパムで買った銀座右衛門を片手に毎年ここへ立ち寄っていた。いつも変わらずフジは天空に拳をかざしたまま鎮座している。


「おとうさん、このロボットって何なの?」


「あぁこいつはな、父さんにとって最高の『スーパーロボット』だ」


NEXT……141 - 星の番人

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885578551

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