064 - メカ田くん

目方くんは、私の隣の席にいる男の子である。

身長はクラスで上から2番目。テストの点はいつも満点で、スポーツ万能。ウィダーインゼリー以外を口にするところを見たものはおらず、町外れのアパートにお母さんと2人で暮らしている。黒縁の四角いメガネをかけ、言動は固く、立ち上がる時にはモーターの音がするとの噂があるほど人間味に欠けている。

クラスのみんなは、彼のことを「メカ田くん」と呼ぶ。


そんなメカ田くんが、私の家にバイトに来ることになった。

私の家は農家をしている。作物の収穫と、直売所の監視役をしていたヒトミさんに子供が出来たため、彼女の穴を埋めるためにバイトの求人を出したところ、メカ田くんが採用されたのだ。

どうやらお父さんはメカ田くんが私と同じクラスなのを知っていて採用したらしい。なんて事してくれるんだ! お父さん!



「じゃあ、そっちのを全部採り終わったら直売所に行くからね。ハナダさんと交代で監視役やるから」


「了解した」


はぁ、とため息をついてメカ田くんを見る。汗ひとつかかずにひたすら作物を収穫する様子はさながらトラクターだ。


「メカ田くんはさ、」


作業をピタリとやめてメカ田くんが私の方をじっと見る。

ヤバい。何も話すことないのに話しかけてしまった。

ただ沈黙がこれ以上続くと気まずかったとは言えない。


「メカ田くんはさ、どうしてウチにバイトに来たの?」


「お金が必要だし、家から近いからここに決めた」


「そっか」


ようやく絞り出した問いは、あえなく轟沈し、掘り返された畑に沈んでいった。


「とりあえず、畑仕事はこのくらいにして戻ろうか」


「了解した」


リアカーに収穫したセロリをいっぱい積んで、直売所に向かっていると。遠くからハナダさんの怒った声が聞こえてきた。

ハナダさんが知らない男の子を叱っているのが見える。

リアカーを引くメカ田くんを置いて、ハナダさんに駆け寄る。


「どうかしましたか?」


「この子がお金も払わずに野菜、持っていこうとするから」


震えながら俯く男の子と、その子が握りしめるブロッコリーの袋を交互に見る。

ハナダさんは子供が苦手だからなぁ。押し付けられたら嫌だなぁ。


「もう、全然喋らないのよこの子! あなた何とかして!」


そう言うとハナダさんは私が持っていた軍手を奪い取り、直売所を出て行ってしまった。


「え、ちょっと!」


サイアクだ。直売所に残されたのは、私と男の子だけ。


「ボク、どうしてそんな事したの?事情とか話してくれないかな」


「……」


困った。どうしたもんかな


「どうかした…………あっ」


リアカーの中身を片付けて直売所に来たメカ田くんは、男の子を見て硬直した。機能停止した機械みたいだ。


「にいちゃん!」


男の子がメカ田くんに駆け寄り、抱きつく。

それより、にいちゃんとは?


「あ、あれだ。えーと、この子は僕の弟で」


「ゴウジ……です」


弟に抱きつかれてあたふたするメカ田くんを見て、メカ田くんは噂とは違ってちゃんと人間なんだと安心した。少し変わっていて言動が固いだけの、ただの男の子なんだと実感して、安心した。

ゴウジくんとしゃがんで目を合わせて、私は言った。


「どうしてこんなことをしたかは分からないけど、君のお兄さんに免じて今回は許すよ。もう二度と、こんなことしちゃいけないよ。わかったね?」


ゴウジくんは、コクリと頷くとブロッコリーを売り場へ戻した。


「ごめんなさい。もう二度としません」


「本当に申し訳ない。僕の弟がご迷惑をおかけしました」


もうそこには、バイト先に突然現れた弟を見て慌てる男の子はいなくて。いつものメカ田くんがいたのだった。


「ホントに気をつけてよ。家に帰ったらよぉ〜く言い聞かせてね。お兄ちゃん」


「お兄ちゃん!?」


再び目を白黒させるメカ田くんを見て、思わず笑ってしまった。

機械仕掛けの鉄仮面の下には歯車なんてなくて、男の子の柔らかい部分があった。私はそんな当たり前の事実になぜ、ひどく安心してしまうのだろうか。


「とりあえず、弟を家に送る。本当に悪いが店番を頼む。すぐ戻ってくる」


「わかった。でも、あとで埋め合わせはしてもらうからね」


胸にチクリと刺さった甘酸っぱい気持ちに少し驚きながら、彼らを見送る。


「了解した。あとで埋め合わせはちゃんとする」









直売所を後にして、彼らは家に戻る。この時の彼らの顔を見たら、農家の娘はきっと驚いただろう。なぜなら彼らの顔には、一切の感情が無かったからだ。

彼らは家に戻る。彼らが生まれ、知識を与えられた場所に。


「初号機、ただいま戻りました」


「弍号機、ただいま戻りました」


「よく戻ってきたねぇ。私の可愛い子供達」


くたびれた白衣を着た40半ばの女は、両手を広げて彼らを迎え入れる。

玄関で直立した初号機の両耳を引っ張って頭を開くと、パソコンから伸びたケーブルを差し込んだ。


「初号機、エラー無し。感情パラメーターに大きな乱れあり。よしよし、うまくいってるな」


次に、弍号機の頭を開いてコードを刺す。


「弍号機もエラー無し。運動機能に問題はない。これなら実地テストに出しても良いかな」


女は、コードを抜いて直立したままの彼らをうっとりと眺めた。


「もう少しで私のかわいい子供達が戻ってくるのね! あぁ……嬉しいわ。私の愛が、世の摂理を越えるまであと少し……」


機械たちの冷たい目は、じっと虚空を見つめている。


065 - 劇場版R〇〇mba ~柔らか銀行の逆襲~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885497195

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