026 - 機械人形のみた夢
目の前の機械に、感情は宿るのか。そんなことを考えながら、ネジを締める。ベルトコンベアで流れてくる機械にネジを締めるだけの仕事。ただ機械人形のようにそれだけをこなす自分が作っているものが何なのか、それはサトウには分からなかった。
近年、AIやロボットの発達により人々の暮らしが改善されるとともに、人々の仕事は機械に奪われていった。肉体を酷使するような単純な作業などは、ほとんどが機械の仕事となった。にも拘わらず、サトウがこのような作業に従事しているのは、サトウが社会から零れ落ちてしまった人間だからである。この工場は、サトウのように社会に入れなかった者たちのために設けられた場所だった。
サトウは、幼いころから人の気持ちが理解できなかった。いつも空気を読むことが出来ず、他人を傷つけ、また自分自身も傷ついた。いつからか、サトウは他人の顔を見るのが酷く恐ろしく感じるようになった。そうして、サトウは家に引きこもるようになり、高校も中退した。18になって親に30万を手切れ金に家を追い出され、社会では人間の屑と言われるようなサトウが生きていくためには、机の上の消し屑を集めて練り固めたような程度の賃金で、このような労働に従事するほか無かった。
「やあサトウ君。今夜一杯どうだろう?」
昼の休憩時間。サトウに気味の悪い笑顔を浮かべて声をかけたのは、サトウよりも10年ほど長く働く、ハタヤマという男だった。若いころに朝から酒を飲んで車を走らせ、2人の小学生を轢き殺し、刑務所に15年間ぶち込まれた話を、昔から武勇伝のように語っている。そんなことがあったというのにも関わらず、酒を飲むのをやめようとはしない。馬鹿な男である。
「ごめんなさい、ハタヤマさん。今日はちょっとすることがあるんです。」
この男と飲むと、面倒なことになる。そう5年前に成人したときに学んだサトウは、それからというものできる限りこの男からの誘いを断っていた。何も、することがないというのは嘘ではない。安物のテレビを見ながら、するめいかをつまみ、缶ビールをひとりであおるのも、サトウにとっては立派なすることだ。
その日は、いつもよりも2、3時間ほど終業時間が早かった。それでも既に夜中ではあるのだが。何でも、このあとに機械のメンテナンスがあるらしい。そのメンテナンスをするのは、某社製のアンドロイドたちだ。本来は機械がこなすはずの仕事を人間がするための機械を、機械がメンテナンスをする。なんて皮肉だろう、とサトウは思った。そして、そんなことは数分で思考の隅に追いやり、いつも通りコンビニで缶ビールを買って帰路をたどった。そして、サトウは意外なものを発見した。
それは、見た目はサトウと同い年くらいの女性だった。電柱に寄り掛かり、うなだれている。どうしてこんなところに、と思うサトウだったが、その右足を見てすべてを理解した。脛の皮膚のように見えたシリコンが破れ、金属がむき出しになっている。目の前の
勿体ないことをするものだ、とサトウは思った。セクサロイドは、安いものでも数万はする。目の前のものを見る限り、それが安物でないことは明らかだった。恐ろしいほどなめらかなベージュの髪。吸い寄せられそうな肉厚の唇。閉じた瞳は、物憂げな雰囲気を漂わせていた。
サトウは少し好奇心に駆られて、足の裏にあるはずの識別番号を探した。赤い色の二ーソックスを脱がせる。
「あった。」
思わず声を出してしまった。サトウは慌てて、左右を見渡す。誰もいないことに安堵したサトウは、改めて識別番号に目を向けた。A32シリーズ。まごうことなき最新モデルだった。発注時に自分好みの外見、体型に注文が可能。電子回路は最新のものが使用されていて、感覚に対する反応は人間と同等かそれ以上に繊細(いわゆるマグロが好みの人用のカスタマイズも可能)、搭載されている人工知能は実際に感情を有するのではと噂されるほどである。価格は中古でも数十万は下らない。
確認が済み、ソックスを元通りはかせると、足裏への刺激からか、アンドロイドが目を開いた。深い、藍色の瞳だった。アンドロイドはしばらく辺りを見渡したあと、不安げな顔を浮かべ、
「あの、ここは?」
と言った。鈴を転がすような、心地よい声。とても合成音声とは思えなかった。
美しい。それがサトウの目の前の女性に対する評価だった。
ふと、サトウはこの目の前の不憫な女性を、自宅に招待しようかと考えた。サトウの自宅は安いボロボロなアパートの一室。彼女が以前暮らしていた家とは、とても比べ物にはならないだろう。それでも、このままここに棄てられているよりかは幾分かましだろう。それは、一目惚れにも近い感覚だった。まるで夢の中のような気分だ。目の前の女性に、彼女が棄てられたことを話せばきっとついてきてくれるだろう。最初は少し怖がるかも知れないが、そのうち心も開いてくれるにちがいにない。ボロアパートはさらに狭くなるが、彼女とならさらに楽しい日常が過ごせるはずだ。元の主人も棄てたということはもういらないということだろう。金属部分の露出がなんだ。それくらいで、この美女をこんなところに放置するのか。許せんやつだ。
様々な感情が、サトウの中を渦巻いた。そして目の前の女性に手を差し出そうとして、ひっこめた。
やっぱり、やめた。途端に面倒くさくなったのだ。目の前の中古の機械を持ち帰れば、もしかしたら刑事罰に問われるかもしれないし、維持費もかかる。性道具にそれだけのリスクを背負う価値があるかと自問し、やはり無いというのがサトウの答えだった。機械に対する情など消え失せた。不安げな表情の機械から目を逸らし、再び歩き始める。夢は、覚めるものだ。明日の朝には業者か何かが回収していることだろう。ああ、ビールはもうぬるくなってしまっただろうか。
夜が明けるまでには回収されてしまうであろう、憐れなアンドロイドは、男がまるで機械人形のように歩き続けるのを眺めていた。その帰り道はただひたすらに暗く、アンドロイドの藍色のガラス玉には深い黒が反射していた。
NEXT……027 - 王導世覇アルクラウス
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885469441
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