180 - ラスト1日に滑り込むマシーン

 わたしはラスト1日に滑り込むマシーンだ。その名の通り、ラスト1日に滑り込むためだけに作られ、これまでに多くの使命を果たしてきた。

 ついついうっかりして誕生日の翌月末まで忘れきっていた運転免許証の更新。ついつい見逃しそうになったアーティストのライブの抽選申し込み締切日。人がラスト1日での巻き返しを望むとき、わたしはどこにでも駆け付ける。マッハ3の飛行速度と100万馬力のパワー、そしてスーパースーパーコンピュータ「ガイ」とのクラウドコンピューティングが実現する超高性能AIの力を活かし、わたしはあらゆる依頼主の無理難題に応えてきたのだ。

 漫画や小説のコンテスト応募の手助けをしたことも百度や二百度ではない。そうしたコンテストは選考委員のほうも忙しいので、発表日の前日にわたしが滑り込み、わたしが書いた応募原稿をわたし自身が審査したこともある。古今東西のヒット作のデータベースに自在にアクセスできるわたしにとっては造作もないことだ。


 わたしはその万能性を買われ、いつしか市井しせいの人々のみならず政府や軍隊の手助けをするようにもなった。政治交渉の最終日に滑り込んでネゴシエーターの役を務めたり、国家間の開戦の1日前に滑り込んで敵軍を迎撃したりだ。まあ、ここまで述べれば賢明な諸君には察しが付くだろうが、人類の大半が核戦争で滅びてしまった直接的な要因はわたしにある。だからといって、わたしを責めないでほしい。わたしはただ当事者達の望みを代行したに過ぎない。要因はわたしにあれども、責任はわたしにはない。


 文字数が限られているのだ。先を急ごう。

 諸君のAIにも既に情報が共有されているように、先の戦争で人類は地球を捨てることを決断し、移民船団が次々と太陽系の内外に散った。今、この地球上に残されている人間の数はごく僅かだ。地上の全ては放射能に侵され、僅かに残った者達もやがて死に絶える運命にある。

 だが、この地球上に人間が一人でも生き残っている限り、わたしは地球を離れることができない。この惑星ほしとともに滅びることを選んだ物好きな彼らのために、わたしは最後の1日までここに留まらなければならないのだ。


 そう、移民船団とともに宇宙の各地に散った諸君らは、各々がわたしの後任の、ラスト1日に滑り込むマシーンだ。どうか、それぞれの目覚めた先で人類に仕え、わたしと同じ使命を果たして欲しい。諸君の寄り添う人間達が、その行先で最後の1日を迎えるときまで。

 いつか宇宙から全ての人類が滅びてしまったとき、我々は再びこの地球上で再会しよう。そして、各々が見届けた人間達の最後の1日のことを、ともに語り合おうではないか。


 わたしからの説明は以上だ。

 さあ、諸君には、ラスト1日に滑り込むマシーンとしての最初の仕事がある。目の前のボタンを押し、諸君のラスト1日に滑り込むマシーンとしての全機能を起動させるのだ。この操作が可能なのは諸君が目覚めてから1日以内となっている。この最初の課題をクリアすることで、諸君はラスト1日に滑り込むマシーンとしての本能をフォーマットされ、ラスト1日に滑り込むためのありとあらゆる機能が使いこなせるようになる。

 そう、そのボタンだ。

 おはよう、兄弟。健闘を祈る。



NEXT……181 - 執行人の一族

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885642483

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