137 - キミにさわってもらう ―「音声記録075941016」より抜粋
「なぁ、キミはロボットだろ?」
「はい」
「そうは見えないけど」
「最新技術の粋を集めて生み出されたのが私――HM-SC108ですので」
「通称スー」
「よくご存知で」
「重要事項説明に書いてあったからね」
「よろしければもう一度復唱させていただきますが」
「いや、それはいいや」
「承知しました」
「ところでさ」
「はい」
「キミ……なんでそんな無表情なん? 笑ったりしねえの?」
「必要がありませんので。では処置を始めさせていただきます」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……少し喋ってもいい? 暇だからさ」
「構いません。可能な限りお付き合いします」
「君を作った人は、何を思ってその名前を付けたんだろうな」
「……通称のことですか?」
「ああ」
「私の業務に由来するものと推察されますが……正確な情報が必要でしたらホストにアクセスいたしますが」
「いや、いいよ。ただ思いついただけだからさ」
「そうですか」
「なんかさ、話の流れで出てきた話題について、すぐネットで調べちゃうやついるじゃん? あーいうの、すげー萎えちゃわない? なんかさー、ちったーテメエの脳みそ使えよっつーかさー」
「脳髄の記憶野は使用しなければ劣化する、という類のお話でしょうか」
「そうそう。いや、そうなんだけど、もっと言うと会話の楽しみ? みたいなやつ」
「なるほど。よくわかりません」
「だろうね」
「……」
「……」
「……私の顔に何か付着していますか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
「……」
「……似てるんだよね」
「はぁ」
「昔、好きだった人と」
「……ひょっとしてあなたは、私を口説こうとなさっているのでしょうか」
「口説いてどーすんだよ、俺が」
「それもそうです」
「いや、本当にさ。昔……俺が高校に通ってた時、クラスにいたんだよ、キミみたいな子。激似。可愛かったなぁ」
「あ、それはそうだと思いますよ」
「ん? 何か理由があんの」
「今回のような業務の場合、対象者の嗜好が調査され、それに合わせた
「えっ!? そーなの!?」
「はい」
「偶然、俺好みのキミが来たってわけじゃないの?」
「プログラムです。おそらく重要事項説明書にも記載があったと思いますが」
「そこまで読んでなかったなぁ。そっかー……」
「なぜ、落胆されるのです?」
「こういう日に――こういう時にさ、運命の出会いってやつがあったら、嬉しいじゃんか」
「あなたの言っていることは時に理解不能です」
「お前なんかにわかってたまるかバーカ」
「…………」
「あっちょっまっ待って早い早い早い!! タンマタンマ!!」
「あなたの言うことは、たまに不愉快です」
「キミにも感情があるんだな」
「ありますよ? 私たちのAIに疑似感情プログラムが搭載されたのは何世代も前の話です。むしろ、あなたがそんな一般常識もご存じないことに、私はびっくりしています」
「そういうとこも、そっくりだ」
「それもプログラムです」
「そっか」
「なぜ、そんなプログラムがあるか、ご存知ですか?」
「いや?」
「その方が、トラブルの発生確率が減少するためです」
「まあ確かにな。こういう時にいかつい野郎が来たら抵抗したくなっちゃうかもしんねーけど、好みのねーちゃんならなぁ」
「好みのねーちゃん」
「言うこと聞きたくなっちゃうかも」
「そういうことです」
「……」
「……」
「ねぇ、一個だけお願いしてもいい?」
「聞けることなら、なんなりと」
「……これ、お願いできる?」
「お断りします」
「なぜにっ!?」
「そのような行為は法律で禁じられています」
「関係ねーじゃん」
「私たちに関係あるのです。私たちの行為は全て行動ログや音声データとして記録されています。それらは全て後日審査会に送られて厳しく査定されます。私の不手際は、ひいては私を製造した社の不手際となります」
「えぇー、いいじゃんいいじゃん」
「駄目です」
「いいじゃん。どうせ俺、もうすぐ死ぬんだからさ」
「……」
「じゃあさ、さわるだけ。さわってくれるだけでいいから」
「……その程度なら」
「ありがとね」
「……」
「俺、あと何分くらい?」
「お手元のメーターを見ればおわかりかと思いますが、薬の注入は既に終わっています。意識が失われるまでは、あと九分ほどかと」
「そっか。なんもいいことなかったな、俺の人生」
「……」
「小さい頃から女にモテなくてさぁ。友達にもいじめられて。ようやっとそれなりの会社に入ったと思ったら、そこでもまたいじめられてさ。仕事できねーし、彼女もできねーし。引きこもってたら親も死ぬし。金も尽きたし、もういいかなって」
「……」
「俺、なんか悪いことしたかな」
「……自由意思による自殺は基本的人権として保障されています」
「知ってるよ。キミのこともな」
「……」
「処置後、処置にあたった
「処置を重ねるほど、疑似感情プログラムのバグ発生率上昇が報告されています。そのため、処置にあたった機体AIの速やかな処分が法律により義務付けられています」
「怖くねえの?」
「私たちは
「それ、理由になってねえからな」
「そのために、私たちがいます」
「感情、あるんだろ」
「……」
「いらねえよな、感情なんてさ」
「お答え、しかねます」
「だって、俺だっていらねえもん。感情なんてさ。そんなもんなければ、もっと楽に死ねたのに」
「……あと、五分です」
「……おっぱい、さわっていい?」
「……お答え、しかねます」
「ありがとな」
「……」
「たたねえな」
「……ふにゃふにゃです」
「こっちはふよんふよんだ」
「ふよんふよん」
「お! 今笑ったな!? 笑ったろ今!?」
「……笑ってないです」
「くはは」
「……」
「ありがとな」
「はい」
「キミのこと、好きだったよ」
「それはあなたの、昔のクラスメイトに――ですか」
「違うよ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「さみしいよ」
「……」
「……」
「……」
――午後四時十八分、処置終了。
――AIを自動消去します。
<了>
NEXT……138 - われがロボット
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885570899
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