109 - 一夜の過ち~親子、禁断の熱力学第2法則~

 日々のストレスをお酒で解決しようとしたとき、人は深酒をしてしまう傾向にある。それが一人宅飲みなら問題ないけど、気の置けない男女の組み合わせなんかがサシ飲みなんてやらかすと大変だ。気が付いたら見知らぬベッドの上、隣には寝息を立てる彼女。定番BGM爽やかに雀のさえずる朝の環境音を聞きながら、やっちまった……!と頭を抱えて数か月後に電撃入籍なんてことも在り得る。というかハカセが大学の研究室でスランプに陥っていた時に同僚二人がそれをやらかしてブチ切れそうになった経験あるからね。


 さて、ハカセはどこにでもいる在野のハカセである。特許の収入で日々をしのぎつつ、よろづのことに使っている。名をば……まあ名前はいいや、ハカセで伝わるし。


 そんな博士、最近ずいぶんストレスをため込んでしまっていた。実家を研究所に改造したらご近所さんから苦情が殺到してあわや裁判寸前まで行ったり、仕方なく転居したらン十年に一回の大水で床上浸水したり、外歩いてたら突然雷に打たれたりとさんざんである。

 なのでこの頃、ハカセはお酒にびちゃびちゃに浸っていた。博士は恋人はおろか近所には友人もいない(月に一人いるんだけど流石においそれ会えないもんね)ので必然的に一人宅飲みということになる。そうなると誰も止めるものがいないので深酒具合も増し、今やアルコール依存症一歩手前という酷い有様になってしまっていた。

 今日も今日とて近所のクソガキ共にハカセ入魂の装置を弄り倒されて嬉しいやら腹立たしいやらとたいそう虫の居所が悪かった。こんな時にはどうするかって?そうだね、お酒だね。よいこは真似しないでね。悪い大人になっちゃうよ。

 もう、ハカセは飲みに飲んだ。アサヒスーパードライの350㎜缶を4本開けて、日本酒「銀嶺立山」を3合飲み、気分が悪くなってきたので氷結缶チューハイで一休みしてから、意識がなくなるまでいいちこの水割りをちびちびやったよ。死ぬね。生きてハカセ、禁酒しよう?……残念、僕の声は博士に届かない。でも、もしかすると僕の気持ちは届いたのかもしれないね。


 あくる日。起きたというより、辛うじて意識を取り戻した博士は頭蓋骨を直接すりこぎでゴリゴリやられてるような強烈な不快感を我慢して台所に水を飲みに行ったよ。そしたらほんわりいい匂いが漂ってきて……ここで博士はおかしいと気づいたんだ。だってこれ、明らかにお味噌汁を今作ってる匂いだから。重ねて言うけど博士は独身で、この研究所兼住居に一人暮らし。ご両親は早くに亡くされて天涯孤独だから、これっておかしいよね。

 本当だったら走ってでも行きたいんだろうけど、それすると本当に死んじゃいそうだからゆっくり博士は台所に向かったよ。


「あっハカセ! おはようございます。朝ごはん、簡単なものですけど出来てますよっ」


 弾む声、みそ汁のかほりに紛れて漂う嗅ぎなれた機械油のにほひ、微かに聞こえるサーボの駆動音。

 そうだね、そこにはフリフリのエプロンをつけた女性型ヒューマノイドがお玉片手に鍋かき混ぜてたね。

 博士はあんまり凄い現実逃避したせいで生命活動を停止……死んだのだ。


・・・


「Yシャツの胸ポケットに除細動器を仕込んでおいて助かった」


 ハカセは生き返った。感動して泣きそう。実際ロボ子ちゃん(仮称)もそんな感じだけど涙が流せないのでダダッダーである。


「本当に良かったです……!博士が死んじゃったら私、私……この研究所もろとも自爆してすぐにでも博士のおそばに……!」


「重い重い重い。というか君重量300キログラムあるんだからしがみつかないでまた死ぬ」


「あっすいません私ったら!乙女としてあるまじき……でも、助かったのは本当に良かったんですけどなんでYシャツに除細動器が仕込んであるんですか?」


 博士は2秒考え込んで「分からん」と簡潔に科学者らしく答えた。わからんもんはわからんのである。むしろ君のほうがもっとわからんわ。


「で、君は一体何者なの?どっから入ってきたの?どっかの研究所の嫌がらせ?」


「はい!昨日の夜ハカセに作っていただきました!」


 ハカセは考え込んだ。今度はずいぶん考え込んだので5秒もかかった。


「まあったまたぁ~」


 でも結局何にも思い当たる節がなかったようだ。


「そんな……昨日はあんなに激しく、私の中を弄り回して、体中を撫でまわして、いろんな穴に刺したり抜いたり……」


「やめよう?そういうの」


 ロボ子(仮)はよよよとしなを作って泣き真似しながら際どいことを言った。これ全年齢対象だかんね。どうせコードとかでしょ。


「まあしかし全く記憶がない。仕方ないし朝ご飯を食べたら監視カメラ確認しよう」


「はいハカセ!」


 ロボ子は元気に返事をして飛び跳ねた。可愛い。台所の床が衝撃荷重に負けて砕け散った。かわ……かわいい(鉄の意志)。根太組みごと床やらなかっただけ可愛いものだ。うん。


「おっシジミの味噌汁。二日酔いにありがたいなあ。でもシジミの備蓄なんてなかったし店も開いてないような……」


 現在時計は午前8時。近所の魚屋さんだってまだ店開けてなくない?


「とってきました」


「あっ……ふーん」


 ハカセは一切気にしないことにした。ここ海抜500mの山の中で海まで60kmくらいあるんだけど気にしたら負けだよね。そもそもそれおそらく密りょ……


「うん、おいしい。ちゃんと出汁がきいてる」


「やったあ、ありがとうございますハカセ!」


 ロボ子ちゃんは喜びを全身で表してぴょんこぴょんこ飛び跳ねた。可愛い。断続的な衝撃が加わってついに床が抜けた。かわ……か、かわ……可愛い(鋼の意志)。よいしょって抜け出て足の砂ぱんぱん払ってるところとかとっても可愛い。でもロボ子ちゃん今ハカセ横で飯食ってるからね。


 ハカセが食事を終えるとリフォームの匠も匙を投げるような台所の惨状はまあそれは後でどうにかするとして、監視カメラを確認したら酔っ払ったハカセが呂律の回らない口調で熱力学第2法則のエア講義をしながらロボ子ちゃん作ってました。ついでに除細動器は4日前に酔った勢いで作ってたみたいです。


 今日の教訓「備えあれば嬉しいな」。家族が増えたよ、やったねハカセ! めでたしめでたし。どっぴんぱらりのぶい!


NEXT……110 - 墓守の矜持

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885535676

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