145 - 慰霊

「ロボットから俺らを見ると、このアリぐらいの存在感になるんだろうな?」


 兄が私に問いかける。視線は合わせてくれない


「たぶん」


 私は足元にいるアリたちを見ながら言った。

 足元の黒いアリたち。

 彼女らは列を成してエサを運んでいる。


「じゃあさ、あいつら、こんなことやっても平気なんだろう……なっ!」


 ばっ、と兄は地面の砂を蹴る。

 履いて崩れてきていた、ボロボロのサッカーシューズで。

 砂をかぶったアリたちは、列を乱しはじめ、オロオロと慌てはじめた。


「やめようよ、兄ちゃん。アリさんたち、カワイそうだよ」

「カワイそう? そっか、お前は優しいからそう思うのか」


 そう言いつつも兄は砂を蹴り続ける。アリは踏まれないが、それでも私の心は痛む。


「やめなよ……」

「やめない、やめてたまるか! 俺もあいつらとちがうって感じたいんだ! あいつら大人の心が俺たちより汚れきってるってことを、感じたいんだ! 俺だって、アリたちをいじめたくねーよ!」


 兄は泣いた。アリたちをイジメて。

 私は泣かなかったので、兄は私より優しいのだと思う。



 巨大ロボット・アルルゲンは素晴らしい、最高、と褒めたたえられる。

 パイロットのプロフィールは公開されていないが、英雄視されていた。

 だが兄は、数少ない敵視をする人々の一人だった。


 アルルゲンは巨大怪人・ズオンダグムンと戦った。

 動きにはいちいち、アルルゲンなんとか、という技名がつく。技名がつくことでテンションがあがり、パイロットのパワーがアップするらしい。

 ただ、技名が炸裂するたびに、建物は壊れた。


 アルルゲンは被害を最小限にするため、世界遺産、オリンピック会場、商業ビル群、鉄道、高速道路という優先度で離れていく。そう離れていくことで、だいたい戦闘は田舎で行われた。

 そしていつの間にか、離れて戦っていたはずのアルルゲンが田舎に住む私たちの家の近くにまでやってきた。避難はできていなかった。田舎の道は狭く、すぐに混雑した。


 アルルゲンの歩みで家具が倒れる。キックで屋根瓦と人が飛ぶ。

 車と家を避け、あえて人の少ないところにアルルゲンは着地し、そこにいた父は、私と兄の目の前で潰れた。


 全壊百棟、半壊三百棟、死者百二名。

 千人単位で死者を出した東京戦と比べれば少なく、またアルルゲンにとってはマニュアル通りの戦いであった。

 そしてマニュアル通りの手当てが私たち家族のもとにやってきた。

 みんな泣いた。兄も泣いた。

 そして追い打ちをかけるように、たまたま見ていたテレビの司会者がこう言った。


「いや、色々意見はあるでしょうけどね、救った人間のことを思えば、むしろアルルゲンは賞賛されるべきですよ」


 兄はこの言葉で怒った。



 兄のいつもの怒りが収まったことを見計らって、私は帰路につく。

 全壊した家主のいない家が次々とならぶ田舎道を、無言で歩いていた。

 すると、黒いスーツを身にまとった男性の姿が見えた。全壊した家のまえにいた。

 私たちはあえて無視して、歩みを進めようとした。


「君たちはこの辺に住んでいるのかな?」


 私たちのうしろで、その男の声がした。私は黙ってうなずいた。

 男の頬は痩せこけていて、目のくまは深く黒い。


「この家の人とは知り合いかな?」

「知らない。でも、死んじゃってると思う」

「そうか……」


 男は力なく、地面に座り込んだ。

 私はその男とこれ以上、関わりたくなかったので、兄の手を引いて遠ざかろうとした。

 しかし男はそんな私たちを無視して喋り続けた。


「アルルゲンの二代目パイロット、ここでの戦闘のあとに自殺したんだ」

「え?」


 私は立ち止まり、つい声を漏らす。

 アルルゲンのパイロットは国が選んだ優秀な誰かであり、ファンのつく英雄で、自殺なんて寝耳に水だった。


「初耳か? そりゃそうだよな。国家機密だから一部の人間しか知らないことだ」

「あの、おじさんは……」

「僕は三代目アルルゲン・パイロット、元パイロットだ」

「アルルゲンの、パイロット……?」


 兄の眉根がつり上がる。声はかすかに震え、それだけでも私は兄の怒りを感じる。

 ただ兄は黙りこみ、男の言葉を待った。


「そうさ。英雄だの何だの言われていたアルルゲンのパイロットだ。でも、乗ってから気付いたよ。僕たちは英雄でも何でもなかったんだって」

「でも、パイロットはこの国を救っているって……」


 私は落ち込む男のことを少し気の毒に思い、そう言った。

 だが男は首を振る。


「僕は大勢の人を踏みつぶした。見殺しにもした」

「でもそれは、しょうがないことなんじゃ……」

「そうさ、しょうがない。理屈では分かっている。だけど、しょうがないっていう理由で許してくれる遺族はほとんどいなかった。抗議と自殺も兼ねて、焼身自殺する人までいたよ。あれは本当に参った……」


 男の呼吸が荒くなっていく気がする。しかし男は言葉を続ける。


「人殺しの罪を背負いながらも、国の士気を低下させないために、必殺技を叫ぶ。矛盾を背負ったヒーローのつもりだった。でも二代目は死者の霊を見るようになって、一時は殺した怪人と人間の姿が重ねて見えた。でも彼は頑張った、アルルゲンのコックピットで首をつるまで……」


 男は立ち上がって、両手を合わせる。少しの間の黙とう。


「僕はパイロットをやめて、慰霊の旅をしている。英雄だの命を軽視してるだの、色々言われたけど、僕に出来ることはこれぐらいしかないと思う」

「いや、死ねるだろ」


 私はドキッとする。

 隣にいた兄が目に涙を浮かべて、そう言った。


「被害者ぶるな。慰霊がなんだよ。それはお前がスッキリするためにやっているだけだろ。そんなの誰も頼んでないよ」


 さすがの私も、その言葉には怒った。


「お兄ちゃん!」

「お前は黙れ。なあ死んでくれよ」

「そんなこと言ったらダメだよ! アリのように踏む人じゃないって分かったから怒ってるの?」

「黙れよ! 父ちゃんを踏んだのはしょうがないとか思ってるのか?」

「そんなことは……」


 私の呼吸は荒くなる。眩暈がする。吐き気もする。


「死ねって」

「ごめん」


 男は謝り、そそくさとその場をあとにする。


 兄は涙を流しながら死ね死ね言い続け、砂を蹴った。

 足元のアリたちは悲鳴を上げた。



NEXT……146 - 恋結鉄拳ツナイダーロボ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885587254

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