107 - 人魚姫へのプレゼント
「――傭兵、レイト。これが件の敵です」
月面に設置されたコロニーの中央管制室にて。
月を拠点とする傭兵である俺は、古巣に呼び出されていた。
「件、となるとあの噂の蛸人間か?」
「はい」
応対する女性ナビゲーターは、月面防衛部隊のロボット、アディナが出くわした存在との戦闘記録を見せてきた。
二本の腕と胴体、顔を持つ人のような何か。それがアディナと対峙していた。人と断定できないのは、その脚からは生体的な動きをする触手が六本も蠢いているからだ。
最近、月で噂になっている宇宙を飛ぶ蛸人間。その決定的な証拠であった。
「本当に敵なのか?」
映像を見ていた俺は、そう言わざる負えなかった。
確かにそれは異形である。
だが、半身は人型だ。鱗ではなく触腕であるが、人魚のような宇宙生物ではないか、と。
「あれは人に危害を加えた存在です。それらはどう扱うか、知っていますよね?」
「……処分だったな。しかし、新生物かもしれないぞ?」
「生物であろうが、危険物は処分です。それがこの月のルールですから」
AIであるナビゲーターは冷徹にそう言ってのけてくれた。管轄外の存在を拒絶するAIは、自身の世界の異物を人間に任せる悪癖がある。
しかし、逆らうつもりはない。古巣の後輩たちは、この戦闘で大きな怪我を負ったようである。少なくとも、この存在は有害な何かだ。
ただ、強いて言えば。人型をするそれを倒すのに――芸術的な価値を感じていた俺は、少しの躊躇いを感じていた。
●
「てなことがあってな」
「レイトさん。飲みすぎ」
週末にはバーへ行くのが最近の俺の習慣であった。
月面コロニーの下層にひっそりとある隠れ家風の酒場。客は俺以外おらず、だからこそこの静寂を好んでいた。
バーのママは、常連となった俺の愚痴を優しく聞き流してくれる。
「人型だとやりづれぇんだよ……本物の人を殺すみたいでさ」
「解らないでもないけど、こればかりはねぇ……あっ」
と、ママが声をあげるものだから、レイトはゆっくりと彼女が向けた視線を追う。
扉からこっそりと覗く瞳。そして手。
「メンメちゃん。ごめんね、今、お客さんがいて」
「メンメ? ママ、養子でもとったのか?」
「いいえ。最近、よく来るようになったのよ。暇だから、相手してたら懐かれちゃって」
「なるほど。俺は気にしない。来なよ」
そう呼びかけると、その子はハッキリとした目で入室してきた。
小さい――とはいえ、小学生後半ぐらいの、白髪の女の子だった。
「何の話をしてたの?」
「このおじさんの仕事の話。最近出てきた、半人の蛸さんのね」
「あ、それ知ってるー!」
「知ってるのか……最近の子供は、噂にさといな」
子供の頭の良さに驚いていると、メンメと呼ばれた少女が真剣な表情でこちらを見つめてきた。
「ねぇ、おじさん」
「なんだい?」
「あの蛸さん、倒すの?」
……聡い。
「倒す、と言ったら?」
「倒さないで! あれは、人に憧れた人魚姫なんだから!」
頭が良くなっていたと思っていたが、思いのほかにメルヘンな単語が出てきた。
しかし、どうにも自信ありげで、対応に悩む。下手に意固地になると、この年代の子は泣く可能性があるのだから。
「解った。んじゃ、おじさんがあの人魚さんを倒したら、何か買ってあげるよ」
「本当!? 本当だよ? 絶対だよ!?」
我ながら甘いな、と思いつつもそんな約束を交わしてしまう。酒の勢いもあるが。
メンメという少女は快活に、また会おうね! と言って飛び出していった。どうにも、プレゼントを受け取る気が満々らしい。
「いいの? あんな約束して」
「いいよ。報酬も出るし」
ママの不安に対し、俺は酔いが醒めた勢いで笑った。
●
約束から五日後……それは再び現れた。
俺は命を受け、宙域へ戦闘機となったアディナで飛び出す。月面裏までは数十分。対峙しているのは三機。一機が大破。二機が一機を庇いつつ応戦中とのことだった。
(とはいえ、燃料を考えると二機も限界。警戒が仇になったか)
AIが下した、燃費を考えないプランニングに怒りを抱きつつ、両手で握る操縦桿を自身の方へ引き寄せる。
アディナはそれを受け、急ブレーキと共に宙を半回転。その間に、折り畳まれていた腕や脚を開放し、一回転し終わる前にその姿を人型へと変形させる。
人型となったアディナは、腕の先にある銃口を宙へ向け、多彩な光を打ち上げる。撤退信号。同時に、応援を示す暗闇の灯だ。
『お、応援、感謝します!』
「残るなよ! 支援する気なら、いったん戻れ」
『り、了解!』
早々とした命令。物わかりの良い後輩たちは、俺の逸った指示に従い、大破した一機を背負うように戦闘機へ変形し、宙域を離脱した。
それを追おうとしたのが一体。俺の眼前に見える、白い蛸足半人。
「動くなよ……」
『…………』
声は聞こえない。しかし、信号弾を撃った銃口を向けている限り、その半人型は暴れるつもりはないらしく、ゆっくりと腕と思われる個所を広げる。
降参のつもりか。そう思ったが、違う。それはゆっくりとこちらへ近づいてくる。両手を広げて。それはまるで抱擁のように――
「やはり、そうなるか……」
その行為こそ、この存在の敵対行為である。
見せられた戦闘記録には、アディナがこの両腕の抱擁に囚われた後に、下半身を分離さ せ、その触腕を使って捕食しようとした光景が映っていたのだから。
「悪いが、プレゼントになってもらう!」
抱擁は人間にとっては愛情表現だ。しかし、それは生物全ての考えではない。
少なくとも、その行為の全貌を知っている俺が躊躇いを消すのには十分であった。
引き金と共に銃弾が放たれる。無防備な蛸人間は、それら全てを受け止める。断末魔は聞こえず、人に似た蛸はあっさりと死んだ。
●
新種でありながら、人を襲うがゆえに殺された生物の事件は、こうも簡単に幕を下ろした。新聞記事の見出しにも載らなかった。
ただ、あのバーで出会った少女とは、あれから会えていない。彼女との約束のプレゼントを考える余裕は、まだありそうだ。
NEXT……108 - ケイヴトルーパー/エクスプローラーガード
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885535650
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