108 - ケイヴトルーパー/エクスプローラーガード

『クソッ……明けの明星隊ヴィーナス全機、一番竪坑メインシャフトまで撤退しろバックV22番機V44番機V1遅滞戦闘ディレイをかけるっ。後ろの学者先生エクスプローラーは確実に逃がせ!』


 通信機からインナータイプイヤーフォンから鼓膜に直接ダイレクトにエドウィン隊長ヴィーナスリーダー罵声が突き刺さって珍しく切羽詰まったがなり声が脳を突き生きて帰ったら耳鼻科を予約しよう声がでかいんじゃボケ決意した内心で文句を垂れたのはV44番機のカロルだった。また貧乏籤かよいつかてめえをぶち殺す。首を洗って待ってろクソッタレ、マイクも拾わない声で吐き捨て降って湧く雑念を悪態で塗り込めながら、照星レティクルモンスター迫りくるクソの塊瞬時に合わせてロックオンしてトリガーを弾く。発砲するfire彼の即席の相棒搭乗型機械化洞窟兵:ケイヴトルーパー/CT CR4A/S型その意を見事に汲んだ最新鋭の面目躍如、意思伝達速度がダンチだ右腕の火砲インナーランチャープラズマの火を噴いてタングステンのプロジェクタイルを電磁投射し標的となった哀れなモンスターただそこにあるだけで有害極まるクソの塊肉塊へとなり果てたまだいくらかマシなクソへと加工処理された長年の経験に裏打ちされた流れ作業まるでルーティンワーク。しかし油断はない。出来ない居眠り厳禁奴らはそれほど甘くはない現実はクソほどにシビアだ


(何が栄誉ある仕事だ、捨て石の間違いだろうがクソどもめ


 カロルは迫りくる種々雑多なモンスタークソのフルコース手当たり次第に撃ち殺一流リストランテのシェフさながら調理しながら、今回の依頼主とそれにまんまと釣られた隊長クソの元締め連中そして自分バカでアホでどうしようもないクズを呪った。


 ここは迷宮東第四ブロック五階層地獄の一丁目人類がいまだその全容を知らない場所危険尽くしのフロンティア



 その日。明けの明星隊ヴィーナス面々腐れポンチどもは、狭苦しい肥溜めよりは些かマシな隊舎バラック思い思いに時間を持て余していた暇すぎて死にそうになっていた。この醜態では、彼らこのバカ共この街でも上位に入る実力者集団シティ・サーティシックス有数の腕っこきだといわれてもなんてクソ光栄な評価も誰も信じることはないだろうハナで嗤われるのがオチだ。彼らは痴態を晒すことを屁とも思っていなかった生え抜きのゴミ共である


「フラッシュ」


 チームの副隊長、ジャックゴミ山のNo.2が、ゴリラもかくやという太い指から詰まらなさそうにカードを放った。ハートのフラッシュ。決して弱くはない役だが、卓を囲む連中周りのゴミ白けた雰囲気のままだちっとも顔に似合わねえロマンチスト野郎めと内心唾を吐いた


「ストレート来たんですがね、副隊長にゃ敵わねーや」


 調子のいいことを言ったのはおべんちゃらのお上手なマイクだ。部隊の3番手ではあるがゴミ山のNo.3だがその実力があるかと言われれば怪しい上手いのは口だけというのがゴミ共の共通認識である。役はクラブの2から始まるストレート。一枚だけスペードが混じっておべんちゃらをこくのにそうも必死かね惜しくもストレートフラッシュを逃しているゴミ共は自分より程度の悪いゴミをアカラサマに見下して憐憫の目を向けた


「フルハウス。悪いね」


 4番手と5番手となればカーストの最底辺など所詮は燃えない生ゴミだ。もはやその序列に特別の意味はない当人のほかに拘る者はなく等しくドべとして見下されているゆえに先に声を上げたのゴミクズ共のクソ下らない足の引っ張り合い5番手のリイだった息をするように行われる。日常茶飯事だ。リイは所詮2番手に気に入られる気は毛頭ない隊長のケツ以外に興味はないお遊びとはいえチームの調和などというお題目は賭っている賞金を取るのは無理からぬことだカネに換えられるようなものではなかったリイは厭らしく嗤いゴミのゴミたる所以を惜しげもなく曝け出しジャックの針金のような眉が吊り上がるゴミ山の副将はあまりにも脳筋だった一触即発の空気が漂った死人が出るぜと、マイクは口端を釣り上げる


「……ロイヤルストレートフラッシュだ。さっさと掛け金を出せよ」


 カロルがそれをぶった切った空気を読むなどまどるっこしいのは抜きだ。カロルはリイ以上に隊内の人間関係に興味がないウスノロ共は脳味噌まで芋虫か?ただ野良をやるより金の集まりが良いからさっさと払うもんを払って、渋々仲間ごっこに興じてやっているに過ぎないあとは勝手に死ねよ


堂々とサマたァゴミが見上げた根性じゃねえかブチ殺すぞ

テメェ様もやってることだろうがうるせぇ、てめえが死ね


 ジャックの剛腕がカロルの襟首を締め上げたカロルが銃を抜いた。その丸太のごとき鋼色に黒光りする凶器は見掛け倒しではない。止める者は無いゴミ共にはふって湧いた余興だ


「……揃っているな。仕事だ」


 しかしそれは急遽中止となったバカ騒ぎはお開きだ、クズども落ち着きのある壮年男性の声がジャック以下、隊員は直立不動の体勢を取りその場の空気を一瞬で払拭したからだカロルは聞こえよがしに舌打ちを打って壁に寄り掛かった隊長のエドウィン美の女神とは縁遠い渋面のオヤジである。


「今回のヤマは何です? ついに七層へのアタックですか」


 ジャックが獰猛な笑みを浮かべながら尋ねたゴミ山の副将は呆れ果てたバカ犬だが、飼い主に噛み付くことだけはないすでに戦いが楽しみでしょうがないらしい単細胞が。カロルはつまらなさそうに鼻を鳴らす。しかしすぐにジャックは鼻白むこととなる濡れた犬のように情けないツラを晒したエドウィンが首を横に振るだけでとどめたカロルはこの時点で依頼をバックレることに決めたからだ。


「D-E45。知っている者は?」

「……ッ! 隠し扉インビジブル!?」


 エドウィンの問いかけにノータリン共が頼んでもいない間抜け面を晒す。他の隊員がぽかんとする中で思わせぶりなそれは明らかな粉掛けであったが最も激烈な反応を示したのはカロルだカロルは反射的に背を壁から跳ねさせた


耳が早いな上出来だ


 エドウィンはピクリとも笑わずに、その言葉に称賛はなく、ただ失望のみが込められた。むしろかんばせを渋く厳しく歪めたマトモなゴミが1匹しか居ないなど嗤えもしない

 しかしジャックらはカロルは己の軽卒を恥じそれに気が付けない再び壁にもたれて知らん振りをした唯一マイクがその僅かな機微を感じ取った俺を見たって教えるかよ。マイクをひと睨みで追い払う。が、それを取り繕う情報を彼はもっていなかったリイはカロルの不遜な言動に、聞えよがしの舌打ちを鳴らした


「全4層からなるD-E4迷宮東4ブロックは20年前に完全に攻略されオールエクスプロード、今はBCベース・シティーとなっている。知っているな」


「そりゃあ勿論! あそこには世話になってる店もわんさと迷宮都市イチの歓楽街ですからね」


 リイが訝しげに答えたカロルを意識したことは明らかだ「要人の護衛でも?」と続けて問うしかしその質の薄さはマイクの頭頂部といい勝負である

 エドウィンはこれ見よがしにため息を吐いたリイの査定がゴミ未満に落ちたのは明白。マイクは新人の自滅にほくそ笑んだ


「……3日前にD-O5中央5層からの侵入経路を見つけた奴がいるクリティカルパス・エクスプロード全容不明、前人未到の5階層アンノウントータリティー、アンエクスプロードまだ誰も入ってないって話エクスプローラーはビビってるって噂ですが?」


 リイの醜態を鼻で笑いつつ、腹の探り合いで取り分が減っては堪らない。カロルは己の知る情報を話した自分の持つ情報など半日も前のもの。古すぎてどうせすぐに要らなくなるこの男があやふやな話をするワケがないカロルは人間関係に一切の利益を見出していないが、という確信はある。損はない損得勘定に基づく人格査定という点ではエドウィンを信頼していた


エクスプローラーガード学者のケツ持ち屋の真骨頂だ。としてはそそる仕事だろうカネも名声も全てが手に入る、な第1回D-E45調査の護衛を行う学者共に不思議の国をエスコートしてやるぞ出発は明日だ口を三日月にして笑う練習をしておけ


 数秒の間をおいてジャックが案の定騒ぎやがったなバカ犬が、少し黙れ。反射的に鉛玉で躾をつけそうになって危うく踏み止まる。地鳴りのようなこんなつまらないことでこの仕事から外されたなんてことになれば、歓声を上げたカロルは耐え切れずにその銃を己のこめかみに向けただろうマイクは明らかに怖気づいている役立たずはこの際だ、この仕事から足を洗って先祖に顔見世してくるといいリイは敵意を殊更にアホで塗り固めた木偶の坊とか剥き出しにしてカロルをねめつけていたもうホントにどうでもいいです。勝手にくたばれゴミカス


 そして顔に出さずともさかしくも内心をひた隠す、カロルもまた浮かれていた例外なくゴミクズだった彼の求めるモノが一気にカネ、名誉、栄達、そして技術。手に入るチャンスに、迷宮に眠る何れとも知らぬ過去の超遺物こそが、それは相違なかったからだ彼がその矮小な心臓を捧げてでも欲して已まない「望み」であった


 そして、夜が明ける赤銅色のクソッタレな運命が、夜の帳を燃やし尽くした



 想定などあってないようなものだった「そこ」に突入する前から、心構えだけはあったはずだった迷宮とは、層はおろか区画を跨いだそうでなければ、これまで幾度と知れぬ迷宮行を生き残ってきた説明はできない。だけでまるきり生態系を変えてくる彼らは過剰なほどの準備をしたはずだった。チームの不和を呑み込んで、緻密な作戦も立てた人間に嫌がらせをだとしても、クソッタレの粋を結集したするためにだけ作られたような超巨大構造物は、このメガ・ストラクチュアに挑むには足りなかったというだけなのだろう。飛び込んだ餌を来世へ導く神の身ならぬ矮小な人間の、一種の芸術作品めいた虐殺機械であるその最期を左右する原因などは突き詰めれば至ってシンプルになる


「ヒュー……カヒュー……」


 カロルは死んでいなかったがキャノピーを突き抜けてきた何かによくわからないまま右胸を貫かれ生きてもいなかった。じき死ぬ肺がつぶれて息すらままならない生粋の生ゴミと化した相棒CT-CR4A/S型片手足を交互に捥がれ凌辱に次ぐ凌辱に遂に壊れもはや立つこともままならないぐったりと無防備に、坑道の床に体をさらけ出している周囲に散乱するAEDAED:「アドベンドエンブレムディスク」の意。無から有を作り出す超遺物の無残な破片がでありCTのありとあらゆる部分に組み込まれているいっそうの凄惨さを際立たせる。

 牛頭の巨人が、意志の読み取れぬ目でガラクタを睥睨していた。発見例の一切ないこの区画に根差す新種の迷宮怪ユニークモンスターは、一言で表現すると怪物である少々の手練れなど遊び相手にもならなかったただ一体の怪物に、遅滞に残った3機はジャックは虚を突かれ、操縦席をえぐり取られて死んだ。瞬く間に捻じ伏せられて呆気なく2人死んだエドウィンは何を思ったか、カロルを庇って石槍に貫かれ死んだカロルは満身創痍で、朦朧とする意識に、エドウィンの最期がちらつく。まだ頭が動いているのがいっそ不幸であるクソが、俺はこんな胸糞悪いい終わりなんて認めねえ。怨嗟に似た執念だけが彼の意識を繋いでいた

 牛頭が動いた迷宮怪の行動原理はただ一つカロルに息があることに気が付いたからだ「僅かな余地すら与えず人間を殺し尽くさねばならない」カロルは茫洋とその動きを眺めていたもう悪態すらうまく結べないもうそれしかできない俺はこんなに呆気なく死ぬのか、何も残せず。こんな……


『迷宮怪が攻撃動作なのは』


 カロルは遠くに声を聴いた迎えの天使にしては野太い声だ。思いのほかウィットに富んだ感想が浮かび消える


『つまり生きた人間がいるということだ』


 声は続く。一瞬牛頭が何かを察知したユニークのメンツは保てただろうそして首が宙を舞う。牛頭は死んだそれの接近に気が付くくらいはできたのだから


『ずいぶんタフだな、君は』


 カロルはもはや驚く気力もなかった。ただ意識を失う寸前に彼の目に映ったモノで、全ての疑問が納得に代わる。


 「それを見たらばまず道を譲れ巻き込まれたくなかったらケツまくって逃げろ」。探索者の不文律とまでなった規格外束縛を嫌うならず者どもが己で己を縛る唯一のそれ。


 黄金の真球、「36」の刻印。ゴールデンスフィア・サンジューロ


 原初にして最強未だすべてを明かされきれぬアーキタイプ理不尽の体現人のことわりを捨てた男。「天秤崩しバランスブレイカー」が、そこに立っていたのだから。


NEXT……109 - 一夜の過ち~親子、禁断の熱力学第2法則~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885535667

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