012 - 覚醒のヴァルプルギス

「――ッ! まずいッ!」


 宝生院早雲は、まなこを見開いた。その瞳孔に映るものは――、一面の赤。プランクトンをはじめとした微生物、それから遍く海棲生物が死滅し、夥しい数のそれらが海を赤く染めている――、。すべてのものは死に絶え、世界は崩落の淵へ足がかかっている。



! ――吠えろッ!」



 その崩壊の最中。

 早雲は、叫ぶ。慟哭する。救うべき世界の、その海底に沈み込んでしまった、自らの相棒の名前を。魔の中の魔――、その一滴を吸い込んだ、自らの愛機の名を――!



「オオォロオゥオォォォオ――――ッン!」



 その呼び声に。

 応えた。


 との呼び声も高い――、《最奥機》《ヴァルプルギス》――、


 それが、完全な状態で再起動する。

 全電力が完全に落ちたはずのその機体が――、彼の魂を吸い込んだかのように――、覚醒した。



 ◇◇◇



 赤き月が満ち、赤き空が墜ち、そして――、赤き海が迫り上がる。


 世界が終わるという噂は、かねてより囁かれていた。2,999年7の月――、魔の海が迫り上がり、すべてのものは死滅する。

 この状況は、2944年、預言者の中の預言者と言われた『メフィストフェレス』の大予言の内容とたがわない。


《2,999年7の月――、海の底より来たるものが、魔の中の魔ともいうべきものが、地上へと這い出て来るであろう。そうして総てのものは絶え、新しい世界が現れるのだ》


 魔の中の魔というものが何であるのか、それは研究者の中でも意見が分かれた。紛糾する議論の中で出た結論は、宗教的な儀式か、またはまったく新しい種の到来、あるいは宇宙的な何者かの襲来――、


 そうして一応の結論が出たのであるが、その予言については殆どオカルト雑誌でしか発表されることはなく、雑誌の記事においても1,999年7の月に何も起こらなかったのだから、今回も大丈夫でしょう――、といった安穏とした結論にしか至らなかったというわけである。


 しかし――、早雲ら《新政府軍》は、半信半疑ではあったものの、準備を怠らなかった。2,977年。政府の裏で、秘密裏に組織された新政府軍は、着実に研究を進め、そうして魔を断つためのさらなる魔を宿した《決戦兵器》を極秘に開発していたのである。

 この動きに、世界中の《裏政府軍》も追従した。遍くすべての研究職らが、全身全霊を賭して競うかのように《決戦兵器》の開発を始めたのだ。



 そうして時が経ち――、早雲の髪にも白いものが混ざって来た頃に、は突然やって来た。



 何の前触れもなく――、世界中の海が赤く染まったかと思うと、海面が10M上昇した。世界すべての海面が、である。

 日本の首都、OSAKA全域はなす術もなかった。殆ど一瞬で、都市はその機能を止め、人類の8割は死滅した。



 早雲らも、ここまでの規模はまったく予想だにしていなかった。殆ど離島状態になった幾つかの山頂にいる人々の他には、世界中から人が死滅した。しかし、少しでも――、残った少しだけの人類だけでも、何としてでもこの脅威から守らねばならぬ。

 未知の驚異、未知の怪異に対し、人類は立ち向かわなくてはならないのだ。


 そしてその海から――、出て来た。


 海棲生物としかいえない、蛸のような烏賊のような、そんな不気味であまりにも巨大な生命体が――――、



 ◇◇◇



 海底からの襲撃に備えて、絶対防御システムが作動したTUTENKAKUツウテンカク――、その地下に、彼らの本拠はあった。

 そのシステムは、巨大生命体の暴虐の腕をかろうじてかわしてはいたものの、生きているかの如く畝る海水にぎしぎしと防御陣は悲鳴を上げている。そして――、途轍もないハンマーにも似た衝撃を受けて、本拠のシステムが突破された。この地に《膨大なエネルギー反応》があるということを、未知の生命体は素早く検知していたのである。


 かくして、海面上昇の15分後に、世界を守るべき《裏政府軍》までもが壊滅状態に陥った。

 全電力が吹っ飛び、カタパルト射出を今か今かと待っていた機体の数々が――、破壊された。

《ルートビッヒ》、《アイオーン》、《マレフィキウム》――、自慢の機体が粉砕する。そして――、



《ヴァルプルギス》までもが――、沈んだ。と思われたそのとき、



 早雲は――、叫んだ。



! ――吠えろッ!」



 酒池肉林の暴虐の中、すべての機能が停止したと思われたOSAKAのTSUTENKAKUから――、その機体は覚醒、再起動を遂げた。



「オオォロオゥオォォォオ――――ッン!」



 ひとを薄く伸ばしたようなその機体は、神話にある巨人にも少し似ている。それは瞬時に口腔を開け、ばくりと早雲を飲み込んだ。彼は素早くヴァルプルギスの《中枢》に到達すると、飛び出したレバーを反射的に握る。それをぐいと押し込んだ次の瞬間、



 ヴァルプルギスの手に――、魔女の武器ウイッチクラフトよる》が到来した。



 それは、長槍だ。長い長い長い槍が――、漆黒をそのままかたちに閉じ込めたような槍が、《最奥機》ヴァルプルギスの手の中にある。

 そしてそれをぐいと握り込んで、最奥機は背についた射出口からジェット噴射――、最奥まで沈みかけた死海の中を一気に上昇してゆく。浮上、浮上――、空に――、飛び出る。



 高度1,000Mにあっという間に達した機体は、ぐるんと下を見渡した。かろうじて残っているわずかな陸地と、あまりにも広すぎる赤き海――、そしてその主を気取る異形の怪物――、



「いこうぜ、ヴァル。――槍葬そうそう夜――、夜気に沈めッ!」



 第一宇宙速度で投擲された長槍は、怪物に到達――、刹那、海が槍に一気に飲み込まれ、真空状態が作り上げられる。黒々とした夜気を帯びた大爆発が、OSAKA中に響き渡った。



「ようし――、まずは、1匹」



 世界は、赤き海に満ち満ちている。怪物はこのOSAKAだけでなく――、合衆国やヨーロッパ、オーストラリアやアフリカなどにも、当然出現したであろう。ヴァルプルギスのモニタに映るその夥しい情報を、早雲は改めて確認した。

 滅びの淵に足がかかった世界と、それに対する抵抗勢力の現状が、浮き彫りになる。まだだ、まだ――、やれる。



 そうして、ひとつ、頷いた。



「いこうぜ――、ヴァル」




 ◇◇◇



 To Be Continued……


NEXT……013 - Loser

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885463284

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