007 - 個性ロボ ヒューマイン

2080年9月。


特定用途に用いられる、人工知能の時代は、ついに終わりを告げた。


シンギュラリティ。

学者の予想より遅れて登場した汎用人工知能、すなわち、人工知能。



ソレは、人を模した体を与えられた。

『ヒューマイン』と名を与えられた。

そして、人間世界に溶け込んでいた。



「きゃー遅刻ちこくー!」

 ヒューマイン個体マインナンバー2012228の少女型ロボ、綾瀬は、食パンをくわえて走っていた。


「もう! なんで夜中にOSのアップデートが走るのよ! 起動起床が遅れて、あたしが走らなきゃいけないじゃない! もっとちゃんと作ってよねーマイク○ソフト!」


 さすがは少女型ロボット。

 食パンをくわえながらでも、リップの薄く引かれたその唇付近に仕込まれたスピーカーから、文句を言いつつ、学校へと向かっていた。


 そして、綾瀬は頭が悪かった。

 精神2つのデュアルコア脳CPU、精神4つのクアッドコア脳CPUが多い時代だというのに、綾瀬は、精神1つのシングルコア脳CPUだった。


 そのコアは、「学校へ! 早く着かないと!」というタスクで、いっぱいいっぱいになっていたのだ。



 交差点。

 ブロック塀。

 左に曲がった途端に。



 ボイン!



 何かに衝突した綾瀬は、20メートル程ふっとばされた。



 綾瀬は、フレアスカートから推進剤を噴出して姿勢制御。

 まるで、タコがスミを吐いて逃走するかのように。

 しかし、完全には姿勢制御しきれず、地面に盛大にすっ転んだ。


 スカートの中があらわになる。

 そこには、人工の布で製造された、パンツと呼ばれるオブジェクトが在った。

 推進剤の噴射にも耐え、破れない、株式会社『鬼』が製造したものだった。


「いたたた……はっ!」

 あわててスカートを押さえて恥じらう綾瀬は、衝突したソレへと視線を素早く送った。


 25メートル先に。

 綾瀬が衝突したソレが居た。


 ソレもまた、衝突により5メートル程、後方に飛ばされていたのだ。

 等速直線運動だったソレと、左に曲がったばかりの綾瀬との運動の違いが、「20メートル」と「5メートル」という差を生み出していた。


 綾瀬は、両目のレンズをズームアップ。

 サラサラ髪、細面、学生服を着崩した、イケメンがそこに居た。


「あたしのパンツ……見ました?」

 綾瀬の口調はやわらかだった。

 ぶつかった相手がイケメンでなければ、もっと相手を罵倒したことだろう。


 イケメンは、すこしエッジのかかった声で弁解した。

「見てないよ。まだ目をズームアップさせていないもの」


 そして立ち上がったイケメンは、ジェントルな精神脳CPUを発揮した。

 地面を滑るように高速移動し、綾瀬の手をとって立ち上がらせる。


 2人の顔と顔が近づく。


 赤面する綾瀬に向かって、イケメンは、こう言った。


「ステルス機能オンで走ると、危ないよ? かわいいお嬢さん?」



<了>


NEXT……008 - 黄昏の空を切り裂いて

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885455588

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